アーンアウトとは|中小M&Aの実務でどこまで求められるか
アーンアウトとは|中小M&Aの実務でどこまで求められるか
アーンアウトとは、M&A のクロージング後、一定期間内に対象会社が定めた経営指標を達成した場合に、あらかじめ合意した算定方法で追加の対価を支払う仕組みのことです。 売り手と買い手で価格の見立てが合わないときに、その差額を「将来の実績」に連動させて埋める役割を持ちます。
結論先出し:中小M&Aでアーンアウトを検討するとき、最大の論点は条項の設計ではなく 税金 です。個人が株式を譲渡した場合、クロージング時に受け取る対価は譲渡所得として税率20.315%である一方、アーンアウトによる追加対価は雑所得として総合課税となる整理が国税庁の内部文書で示されており、他の所得と合算した累進税率が適用されます。価格が上がっても手取りが増えるとは限りません。
本記事は M&A 仲介プラットフォーム M&A-WEB の編集視点から、アーンアウトの一般的な内容と税務上の論点を用語解説として整理します。税務の取扱いは個別事情により異なるため、実際の判断は税理士へご相談ください。
アーンアウトとは何か — 価格差を埋めるための仕組み
M&A の価格交渉では、売り手が「これから伸びる」と評価し、買い手が「その保証はない」と評価して、金額が折り合わないことがあります。アーンアウトは、この見解の差を 「伸びたら払う、伸びなければ払わない」 という形でリスク配分し直す手法です。
中小M&Aでは、次のような場面で検討されます。
- 直近で業績が急伸しており、その水準が続くかどうか買い手が確信を持てない
- 特定の大口取引先への依存度が高く、M&A 後に継続するか読めない
- 開発中の商材・出店計画など、成果がこれから出る要素が価格の一部を占める
指標には営業利益・EBITDA・売上高・特定顧客との契約継続などが用いられます。
アーンアウト条項には一般的に何が記載されるか
最終契約書のアーンアウト条項には、次の事項が記載されることが一般的です。
| 要素 | 内容 | 確認すべき点 |
|---|---|---|
| 評価指標 | 営業利益 / EBITDA / 売上高 など | 買い手の裁量で動く指標になっていないか |
| 評価期間 | クロージング後の何年分を見るか | 期間中の経営権はどちらにあるか |
| 達成基準 | 目標値と、部分達成時の按分の有無 | オール・オア・ナッシングか段階的か |
| 支払額の算定式 | 達成度に応じた金額 | 上限があるか |
| 支払時期 | いつ支払われるか | 確定から支払までの期間 |
| 算定の前提となる運営の縛り | 評価期間中の会計方針・費用配賦・組織再編の制限 | ここが最重要(後述) |
中小M&Aの実務でどこまで求められるか
税務上の取扱い — 明文規定は存在しない
まず押さえるべき事実として、アーンアウト条項に基づく対価の所得区分を規定した法令・通達は存在しません。
実務上の拠り所とされているのが国税庁の内部文書で、平成31年1月30日付 国税庁課税部資産課税課「『株式譲渡益課税のあらまし Q&A』の送付について(情報)」(情報公開法第9条第1項による開示情報)において、次の考え方が示されています。
- 譲渡所得には該当しない — 所得税は権利確定主義を採用しており、アーンアウト対価は一定の条件が成就したときに支払われるものであるため、クロージング時点で支払が確定したとはいえない
- 支払が確定した年分の雑所得となる — ただし株式の譲渡と密接に関連し、偶発的な利益とはいえないことから「資産の譲渡の対価としての性質」を有するものとして扱う
税率差が手取りに与える影響
この整理に従うと、税負担は次のように分かれます。
| 対価の種類 | 所得区分 | 税率 |
|---|---|---|
| クロージング時の譲渡代金 | 譲渡所得(申告分離課税) | 20.315% |
| アーンアウトによる追加対価 | 雑所得(総合課税) | 他の所得と合算した累進税率。最高で約55% |
同じ1円でも、受け取るタイミングによって手取りが倍近く変わり得ます。 総額の大きさだけで条件を比較すると判断を誤ります。
なお、事案によっては譲渡時点での一括収入計上が相当とされたケースもあり(投資ファンドへの譲渡でクロージング後5期の EBITDA を条件とした事例など)、常にこの整理どおりになるとは限りません。アーンアウトは税務の取扱いが確立しきっていない領域であり、条件を詰める前に税理士に相談すべき論点です。
具体例:総額が同じでも手取りが変わる
譲渡価額の総額を1億円とし、内訳が異なる2案を比較します(税率は説明のための単純化で、他の所得や控除は考慮していません)。
| 案A:全額をクロージング時に受領 | 案B:8,000万円+アーンアウト2,000万円 | |
|---|---|---|
| クロージング時 | 1億円(譲渡所得 20.315%) | 8,000万円(譲渡所得 20.315%) |
| 追加対価 | なし | 2,000万円(雑所得・総合課税) |
| 税額の目安 | 約2,032万円 | 譲渡分 約1,625万円 + 雑所得分(税率次第で最大約1,100万円) |
| 手取りの目安 | 約7,968万円 | 約7,275万円〜(税率が高いほど減少) |
| 前提 | 確定 | 目標未達なら2,000万円は受け取れない |
案Bは「総額は同じ」に見えて、達成しても手取りが少なく、達成しなければさらに少ないという構造になり得ます。アーンアウトを提示された場合は、正味の手取りをシミュレーションしたうえで条件交渉することが望ましいとされています。
アーンアウトで揉めやすい点
- 評価期間中の経営権は買い手にある — 売り手は目標達成の責任を負いながら、達成に必要な意思決定権を持っていないという非対称が生じます。販管費の配賦、グループ内取引の条件、人員の配置転換などで指標は動きます
- 算定の前提が書かれていない — 会計方針の変更、組織再編、他事業との合算などを制限する定めがないと、指標そのものが変質します。条項に「評価期間中は◯◯を変更しない」旨が入っているかが実質的な争点です
- オール・オア・ナッシング設計 — 目標をわずかに下回っただけで全額不支給となる設計は、紛争を招きやすい形です。段階的な按分が置かれているかを確認します
- 税負担を織り込まずに合意した — 上記のとおり、総額での比較は手取りでの比較になりません
- 法人が売り手の場合 — 収益計上時期は契約内容により異なりますが、調整金額の受領が確定した目標達成時の属する事業年度が基本とされます
次に読むべきもの
- 価格交渉の進め方 → M&A 価格交渉の実務
- 企業価値の算定方法 → 中小M&Aバリュエーション実務
- 売却プロセス全体の流れ → M&A による事業売却の手続き完全ガイド
出典
- 国税庁課税部資産課税課「『株式譲渡益課税のあらまし Q&A』の送付について(情報)」平成31年1月30日(情報公開法第9条第1項による開示情報)
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」令和6年8月 — https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
- 森・濱田松本法律事務所「アーンアウト条項に基づき支払われる対価の課税関係と実務上の留意点」 — https://www.morihamada.com/sites/default/files/newsletters/newsletters/pdf/20210930-033308.pdf
本記事は一般的な情報を整理したものであり、個別の案件における判断を示すものではありません。税務上の取扱いは個別事情により異なるため税理士へ、契約書の作成および条項の検討は弁護士へご相談ください。