キーマン条項とは|中小M&Aの実務でどこまで求められるか

更新: 2026年8月21日

キーマン条項とは|中小M&Aの実務でどこまで求められるか

キーマン条項とは、対象会社の事業運営に不可欠な人材(キーパーソン)が、M&A の後も引き続き在籍することを、取引の条件や表明保証の対象とする定めのことです。 売り手経営者自身の在籍を定めるロックアップ条項と組み合わせて設計されることもあります。

結論先出し:中小企業では、事業価値の相当部分が数人の従業員に紐づいていることが珍しくありません。しかし キーマン条項には構造的な限界があります。従業員には退職の自由があり、契約で在籍を強制することはできません。 したがって条項の役割は「辞めさせないこと」ではなく、辞めた場合に誰がリスクを負うかをあらかじめ決めることにあります。この前提を取り違えると、条項があっても事業は守れません。

本記事は M&A 仲介プラットフォーム M&A-WEB の編集視点から、キーマン条項の型と実務上の限界を用語解説として整理します。個別案件での条項の検討は弁護士・M&A 専門家にご相談ください。

キーマン条項とは何か — 誰がキーマンなのか

中小M&Aでキーパーソンになりやすいのは、次のような立場の人です。

類型 抜けた場合の影響
営業の担い手 主要顧客を担当している営業責任者 顧客が一緒に離れる
技術・製造の中核 職人、有資格者、開発者 製造・施工が止まる
許認可の要件人材 専任技術者、管理者、有資格者 許認可の維持要件を欠く
管理・経理の要 一人で経理・労務を回している担当者 業務が止まり、内部統制が崩れる

許認可の要件になっている人材は特に重要です。 建設業の専任技術者など、法令上の要件として特定の資格者の配置が求められる業種では、その人が退職すると許認可そのものの維持に関わります。

中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)および「PMI実践ツール活用ガイドブック」(令和6年3月)も、特に小規模企業の PMI で直面しやすい課題として 「キーパーソンの離職リスクへの対応」 を、譲渡側経営者の業務引継ぎ・重要な契約の継続と並べて挙げています。

キーマン条項には一般的にどのような型があるか

内容 効き方
クロージング条件(CP)型 指定した人材が在籍していることを、取引実行の前提条件とする クロージング前に辞めれば実行しない選択ができる
表明保証型 「退職の意思表示をした従業員はいない」旨を売り手が表明する 虚偽なら補償請求の対象になる
誓約事項(コベナンツ)型 クロージングまでの間、重要な人材の雇用条件を変更しない等を約束する 期間中の行為を縛る
価格連動型 一定期間内に離職した場合、対価の一部を調整する 実質的な保証機能を持つ
継続雇用の努力義務型 買い手が処遇を維持する努力をする 従業員側の保護に寄る

クロージング条件型と表明保証型が中小M&Aでは中心です。価格連動型は売り手の負担が重く、交渉が難航しやすい設計です。

中小M&Aの実務でどこまで求められるか

条項の限界を先に理解する

キーマン条項の設計で最初に押さえるべきは、従業員本人はこの契約の当事者ではないという点です。

  • 従業員には退職の自由があり、契約で在籍を義務づけることはできません
  • 売り手が「辞めない」と保証しても、それは売り手が責任を負うという意味であって、離職を防ぐ効力ではありません
  • したがってキーマン条項は、リスクの配分を決める道具であり、リスクを消す道具ではありません

事業を実際に守るのは条項ではなく、処遇の維持・早い段階での説明・退職金や賞与の設計といった実務です。

参照できる公的データと、存在しないデータ

条件を検討するにあたって、キーパーソン(従業員)の離職率や定着期間について、公表された公的統計は見当たりません。 一方、経営者の関与継続については数値があります。

対象 参照できるデータ
譲渡側経営者の処遇 2021年版「中小企業白書」では、売り手企業の経営者について、半数以上の企業で M&A 実施後も何らかの形で事業に関与していることが示されています
スキームの選択 中小企業のM&Aでは株式譲渡が7割超を占め、契約関係や雇用を原則維持したまま経営権を移転しやすい点が選好の理由とされています
キーパーソン(従業員)の離職 該当する公的統計は確認できません

この非対称は、条項設計にそのまま影響します。経営者の残留はロックアップ条項として相場観をもって交渉できますが、キーマンについては「何年が普通か」という基準が存在しません。 したがって期間を数値で決めるより、「誰が」「何を引き継いだら」条件を満たすのかを個別に定義するほうが実務に馴染みます。

なお、離職リスクについては、雇用条件の異なる企業の統合が起こるため従業員の理解を得られない場合に退職につながり得るとして、雇用条件・労働条件を事前に譲受企業とすり合わせておくことの重要性が指摘されています。条項より先に、この擦り合わせが効きます。

開示のタイミングという難所

キーマンに M&A を伝えるタイミングは、中小M&Aで最も判断が難しい論点のひとつです。

タイミング メリット リスク
早期に開示 本人の意向を確認でき、条件交渉に織り込める 破談時に本人が動揺し、離職を招く。情報が社内に漏れる
クロージング直前 情報漏洩リスクが小さい 本人が納得する時間がなく、成立後の離職リスクが高まる
クロージング後 交渉に影響しない 「聞いていない」という不信感が最も強く出る

正解は案件ごとに異なりますが、キーマンをクロージング条件に据えるのであれば、少なくともその人の意向を何らかの形で確認しておかないと、条件が空文化します。

具体例:許認可の要件人材が離職した場合

専任技術者1名が許認可の維持要件となっている会社を想定します(説明のための仮定です)。

キーマン条項あり(CP型) 条項なし
譲渡価額 1億円 1億円
クロージング前に当該技術者が退職の意思表示 クロージング条件を満たさないため、実行しない/条件見直しの選択ができる そのまま実行
クロージング後に判明 表明保証型を併用していれば補償の対象になり得る 買い手が全リスクを負う
許認可の維持 実行前に後任確保・条件再交渉が可能 要件を欠き、事業継続そのものに影響
結果 リスクが顕在化する前に処理できる 1億円を払った後に、事業の前提が崩れる

この条項の価値は「守れること」ではなく「実行前に気づけること」にあります。

キーマン条項で揉めやすい点

  • キーマンの特定が曖昧 — 「主要な従業員」では範囲が定まりません。氏名または職務で具体的に特定します
  • 本人の意向を確認していない — 条項だけ置いて本人に何も伝えていないと、クロージング直後に辞められて条項が空振りします
  • 売り手に離職を止める手段がない — 表明保証型で売り手に責任を負わせても、売り手には辞職を止める権限がありません。負わせる責任の範囲が実態と釣り合っているかが交渉点です
  • ロックアップ と混同する — 経営者本人の在籍を定めるロックアップと、従業員の在籍を扱うキーマン条項は別物です
  • 処遇の変更が引き金になる — 買い手が成立後に給与体系や勤務地を変更した結果として離職した場合、売り手に責任を問えるのかという争点になります。変更を制限する定めがあるかを確認します
  • 許認可要件との連動を見落とす — 人材の離職が許認可の維持に直結する業種では、キーマン条項は人事の問題ではなく事業継続の問題です

次に読むべきもの

出典

  • 中小企業庁「中小PMIガイドライン ~中小M&Aを成功に導くために~」令和4年3月 — https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
  • 中小企業庁「PMI実践ツール 活用ガイドブック」令和6年3月 — https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/sme_pmi_guideline_course/tool/guidebook.pdf
  • 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」令和6年8月 — https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
  • 中小企業庁 2021年版「中小企業白書」第2節 M&Aを通じた経営資源の有効活用 — https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2021/chusho/b2_3_2.html

本記事は一般的な情報を整理したものであり、個別の案件における判断を示すものではありません。契約書の作成および個別案件での条項の検討は、弁護士へご相談ください。