競業避止義務とは|中小M&Aの実務でどこまで求められるか
競業避止義務とは|中小M&Aの実務でどこまで求められるか
競業避止義務とは、事業を譲り渡した側が、譲り渡した事業と同じ事業を一定期間・一定地域で行わない義務のことです。 M&A では、買い手が譲り受けた事業の価値を守るために設定されます。売り手が同じ商圏で同じ商売を再開すれば、顧客が戻ってしまい、買い手が支払った対価の前提が崩れるためです。
結論先出し:中小M&Aで押さえるべきは スキームによって扱いがまったく違う 点です。事業譲渡なら、契約書に何も書かなくても会社法21条により20年間の競業避止義務が自動的に発生します。一方、株式譲渡には会社法21条は適用されず、契約書で個別に定めなければ義務は生じません。 「うちは書いていないから大丈夫」も「書いていないから縛られない」も、どちらも誤りになり得ます。
本記事は M&A 仲介プラットフォーム M&A-WEB の編集視点から、競業避止義務の法定内容と実務での設計を用語解説として整理します。個別案件での条項の検討は弁護士・M&A 専門家にご相談ください。
競業避止義務とは何か — 会社法21条の法定義務
会社法第21条(譲渡会社の競業の禁止)は、事業譲渡について次のように定めています。
| 項 | 内容 |
|---|---|
| 1項 | 事業を譲渡した会社は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(特別区を含み、指定都市にあっては区または総合区)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内において、事業を譲渡した日から20年間は、同一の事業を行ってはならない |
| 2項 | 譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約をした場合、その特約は事業を譲渡した日から30年の期間内に限り効力を有する |
| 3項 | 前2項の規定にかかわらず、譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない |
読み取るべき点は3つです。
- 1項は「別段の意思表示がない限り」=任意規定 — 契約で排除も変更もできます。裏を返せば、何も書かなければ20年の義務が発生します
- 2項は特約の上限を30年に制限 — 期間を無制限に伸ばすことはできません
- 3項は期間・地域の制限を受けない — 不正競争の目的がある場合は、20年を過ぎていても、隣接市町村の外であっても禁止されます
3項が適用される場面としては、事業譲渡を行ったにもかかわらず譲受人の得意先を奪おうとして同一の営業をした場合が挙げられ、裁判例(東京高裁昭和48年10月9日判決)があります。
競業避止条項には一般的に何が記載されるか
契約で競業避止義務を定める場合、次の要素が記載されることが一般的です。会社法21条の法定内容をそのまま使うのではなく、事業実態に合わせて個別に設計します。
| 要素 | 内容 | 確認すべき点 |
|---|---|---|
| 義務を負う者 | 譲渡会社/旧オーナー個人/その親族/旧オーナーが支配する別会社 | 会社だけを縛っても、個人で再開されれば意味がない |
| 期間 | 何年間か | 法定20年をそのまま使うか、短縮するか |
| 地域 | 同一・隣接市町村/都道府県/全国/オンラインを含むか | 事業実態と合っているか |
| 業務範囲 | 「同一の事業」の定義 | 隣接業種・上流下流をどこまで含むか |
| 例外 | 既存事業の継続、雇用されての就業など | 過度な制約になっていないか |
| 違反時の効果 | 差止め、違約金、損害賠償 | 金額の定めがあるか |
読む際の着眼点は次の2点です。
- 主体が「譲渡会社」だけになっていないか — 会社法21条の義務主体は譲渡会社です。旧オーナー個人を縛るには契約で別途定める必要があります
- 「同一の事業」の定義があるか — 定義がないと、隣接業種での再開が違反にあたるかで争いになります
中小M&Aの実務でどこまで求められるか
スキーム別の扱い
| スキーム | 会社法21条の適用 | 契約書に定めがない場合 |
|---|---|---|
| 事業譲渡 | 適用あり | 20年・同一/隣接市町村・同一事業の義務が自動発生 |
| 株式譲渡 | 適用なし | 義務は生じない。売り手個人が翌日に同業を始めても、契約上は止められない |
| 会社分割(吸収分割) | 競業避止義務に関する規定は存在しない | 契約・分割契約書で定める必要がある |
株式譲渡は「会社の株主が変わるだけ」で事業の移転ではないため、21条の射程外です。中小M&Aの多くは株式譲渡であり、その場合は契約書に競業避止条項を置かなければ義務が発生しません。 買い手側から見れば、これは必ず設計すべき項目になります。
実務での期間設定
契約で定める場合、実務上の条項では期間を 3〜10年程度とする例が多いとされています。法定の20年をそのまま使う例は多くありません。
これは、21条が地理的範囲に着目した規定であることと関係します。同一・隣接市町村という基準は店舗型の事業を想定したもので、インターネット上で完結する事業や全国展開の事業では、合理性がない結果になることがあります。このため、事業の実態に合わせて 期間・地域・業務範囲の3つを個別に設計するのが実務です。
範囲を広く取りすぎると、売り手の職業選択の自由を過度に制約するものとして、有効性が争われる余地も生じます。「長く広く縛る」ことが常に買い手に有利とは限りません。
具体例:スキームの違いで結論が逆転する
同一市内で飲食店1店舗を営む会社を譲渡し、旧オーナーが翌年に同じ市内で同業態の店を開いた、という状況を想定します(説明のための仮定です)。
| 事業譲渡(契約書に定めなし) | 株式譲渡(契約書に定めなし) | 株式譲渡(競業避止条項あり・5年/同一市内) | |
|---|---|---|---|
| 根拠 | 会社法21条1項 | なし | 契約 |
| 旧オーナー側の会社が同市内で同業を開始 | 20年間は禁止。差止め・損害賠償の対象になり得る | 契約上は止められない | 5年以内なら契約違反 |
| 隣接市で開始 | 禁止(隣接市町村も範囲) | 止められない | 同一市内に限る定めなら対象外 |
| 3つ隣の市で開始 | 原則は範囲外。ただし不正競争の目的があれば3項で禁止され得る | 止められない | 対象外 |
| 20年経過後、得意先を奪う目的で開始 | 3項により禁止され得る(期間制限を受けない) | 止められない | 契約期間経過後は対象外 |
同じ事実関係でも、選んだスキームで結論が正反対になります。 買い手は株式譲渡なら条項を置く必要があり、売り手は事業譲渡なら書かなくても縛られる——この非対称を理解しておくことが要点です。
競業避止義務で揉めやすい点
- 株式譲渡で条項を置き忘れる — 買い手側の典型的な失敗です。21条があるからと安心していると、株式譲渡には適用されません
- 売り手が「引退するつもり」で軽く合意する — 引退予定でも、数年後に事業を再開したくなる、子が同業で独立する、といった事態は起こります。義務の対象が「譲渡会社」だけか、旧オーナー個人や親族・別会社まで及ぶかは条項次第です
- 地理的範囲が事業実態と合っていない — オンライン中心の事業に「同一市町村内」という基準を当てはめても実効性がありません。逆に「日本全国・無期限」は広すぎて争いになり得ます
- 役員としての競業避止義務と混同する — 取締役の競業避止義務(会社法356条等)や、従業員の退職後の競業避止(労働契約上の論点)は別の枠組みです。M&A で問題になるのは主に譲渡当事者間の義務です
- Webサイト・デジタル資産の譲渡 — 商圏という概念が薄いため、地理ではなく「同一ジャンル・同一キーワード領域」といった形で範囲を定義する必要があります。詳細は Webサイト譲渡契約書の必須条項 を参照してください
次に読むべきもの
- アセット譲渡での競業避止の書き方 → Webサイト譲渡契約書の必須条項
- 株式譲渡と事業譲渡の使い分け → 個人事業主と法人のスキーム選び
- 売却プロセス全体の流れ → M&A による事業売却の手続き完全ガイド
出典
- 会社法 第21条(譲渡会社の競業の禁止)
- 東京高等裁判所 昭和48年10月9日判決(会社法21条3項に相当する規定の適用場面)
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」令和6年8月 — https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
本記事は一般的な情報を整理したものであり、個別の案件における判断を示すものではありません。契約書の作成および個別案件での条項の検討は、弁護士へご相談ください。