この記事の目次
この記事の結論
- 賃貸借契約は、造作や常連を譲っても自動では買い手に移りません。誰が借り手として残るかで、大家に何を求めるかが変わります。
- 借り手を買い手に替える(賃借権を譲る)には、民法612条により大家の承諾が要ります。株式譲渡なら借り手の法人は変わらない代わりに、契約書の支配権変更条項を確認します。
- 敷金・原状回復・更新の扱いは、承諾の前に決めて書面に残します。承諾の条件に相場や決まった型は、この記事で確認した資料にはありません。
この記事の対象: 賃貸物件でバー・スナックを営む売り手と、居抜きで引き継ぐ買い手。業種全体の判断はバー・スナックのM&A DATAで扱っているので、ここでは「賃貸借をどう移すか」だけを扱います。
賃貸借は店を譲っても自動では移らない。株式譲渡・事業譲渡・新規契約で、大家との手続きが変わる
結論: 先に決めるのは「賃貸借の借り手を誰にするか」です。それが決まれば、大家に求めるものが決まります。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、株式譲渡について、譲り渡し側の法人格に変動はないと説明しています。事業譲渡については、承継対象の財産を選べる一方、財産の特定、対抗要件の具備、許認可の取得などの作業が必要で、資産等の個別の移転手続が要ると書いています。本記事では、この2つに、大家と新しく契約し直す形を加えて3つに整理します(この整理は本記事のものです)。
| 形 | 借り手 | 大家との手続き | 先に確かめること |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 運営会社のまま変わらない | 契約上は借り手が替わらない。ただし契約書に支配権変更(COC)条項があれば協議が要る | 賃貸借契約書にCOC条項があるか。ガイドラインは、COC条項で株主の異動などにより相手方に解除権が生じうると説明している |
| 事業譲渡で賃借権を引き継ぐ | 売り手から買い手へ替わる | 大家の承諾が要る(民法612条、539条の2) | 承諾書の文言。承諾の条件。敷金の扱い |
| 売り手が退去し、買い手が新規契約 | 買い手が新しい借り手になる | 大家と新規に契約する。造作は売り手と買い手の間で別に譲渡する | 新契約の賃料・期間・更新・原状回復の特約が、旧契約と同じ条件か |
個人で営むスナックは、ガイドラインが「個人事業主の中小M&Aは、事業譲渡(営業譲渡)の手法を用いることが通常」と説明しています。個人の店は、売り手が個人名義で借りていることが多く、株式譲渡の形が使えない点に注意します。
借り手を替えるには大家の承諾が要る。無断で譲ると、解除されうる
結論: 居抜きの核心は、造作の売買ではなく、賃借権を買い手に移せるかです。大家の承諾を取る前に、造作代金を受け取る約束をしないほうが安全です。
民法612条は、賃借人は賃貸人の承諾を得なければ、賃借権を譲り渡し、または賃借物を転貸することができないと定めています。承諾なく第三者に使用や収益をさせたときは、賃貸人は契約の解除をすることができる、と同条2項にあります。また539条の2は、契約の当事者の一方が第三者と契約上の地位を譲渡する合意をした場合に、相手方が承諾したときに契約上の地位が第三者に移ると定めています。居抜き売却で賃貸借を引き継ぐ場合、どちらの条文の言い方でも、大家の承諾が出発点です。
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 造作の売買契約を結び、代金を受け取ってから大家に話す | 大家の承諾の見込みを先に取り、承諾書を得てから造作の引渡しと代金の支払いを進める |
| 口頭で「いいよ」と言われたことを、承諾として扱う | 承諾の範囲(誰に、いつ、どの条件で)を書面で残す |
| 売り手が退去する前に、買い手が先に店で営業を始める | 賃借権の移転と引渡しの日を、書面の承諾と揃える |
| 承諾の条件(承諾料・賃料改定・保証人)に相場があると考える | 本記事で取得した資料には、承諾料や条件の一律の決まりは確認できなかった。個別の契約書と大家の意向で確かめる |
承諾の条件として大家が何を求めるかは、法令で一律には決まっていません。承諾料、賃料の改定、保証人の変更、期間や更新条件の見直しなどが話に出ることがありますが、どれが出るかは大家と契約書次第です。ここでは、金額の目安は示しません。
株式譲渡なら借り手は変わらないが、支配権変更条項を契約書で確かめる
結論: 株式譲渡は、賃貸借契約の当事者である会社がそのまま残ります。ただし、契約書の条項次第で、大家との協議が要ることがあります。
ガイドラインは、COC(チェンジ・オブ・コントロール)条項を、企業が締結している契約について、株主の異動や支配権の変動などにより相手方に解除権が生じることなどを定める条項と説明しています。例として挙げられている契約の最初が賃貸借契約です。また、クロージング後の作業として、リース契約・賃貸借契約・金銭消費貸借契約などに関する名義変更、経営者保証の解除、(連帯)保証人の変更を挙げ、COC条項があるときは契約の継続のために事前に賃貸人との協議や交渉が必要になることがあると注意しています。
| 確認する点 | 見る場所 | なぜ見るか |
|---|---|---|
| COC条項の有無 | 賃貸借契約書の解除条項、通知条項 | 株主の異動で解除権が生じる定めがあるかを確かめる |
| 連帯保証人・経営者保証 | 賃貸借契約書、保証契約書 | 経営者が保証人なら、クロージング後に保証人の変更が話題になる |
| 契約者名義 | 賃貸借契約書の当事者欄 | 会社名義か、経営者個人名義か。個人名義なら、株式を譲っても借り手(経営者個人)は買い手に替わらない |
契約書に条項がない場合でも、大家に事前に説明するかどうかは、関係や契約の中身を見て専門家と決めます。
敷金は賃借権を譲る側に返る。買い手が敷金を新しく差し入れる形を、前提に置く
結論: 敷金は、賃借権が適法に譲られると、賃貸人が賃借人(売り手)へ返す対象になります。買い手に敷金が自動で付いてくると考えて値付けしてはいけません。
民法622条の2第1項は、賃貸人が敷金を受け取っている場合に、賃貸借が終了し賃貸物の返還を受けたとき、または賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは、受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた債務の額を引いた残額を賃借人に返還しなければならないと定めています(敷金は、賃料債務などを担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭)。同条2項は、賃借人が債務を履行しないとき、賃貸人が敷金をその債務の弁済に充てられると定めています。
この条文から、本記事の整理では、精算の組み方は次の2つになります。どちらを選ぶかは大家・売り手・買い手の合意で決めます。
| 組み方 | 流れ | 確認する点 |
|---|---|---|
| 返してもらい、買い手が新しく差し入れる | 大家が売り手に敷金の残額を返し、買い手が大家に新たに敷金を差し入れる | 買い手の資金負担が新たに生じる。買い手が差し入れる額が、旧契約と同じか |
| 大家に預けたまま、売り手と買い手が精算する | 敷金は大家に残したまま、買い手が売り手に敷金相当額を支払う | 大家が、敷金を買い手のものとして扱うことを書面で認めるか。売り手の未払債務の扱い |
仮の数字で試算します。実際の物件の金額を示すものではありません。敷金100万円、売り手の未払賃料8万円とすると、敷金から債務を引いた残額は92万円です。大家がこの92万円を売り手に返し、買い手が新規に100万円を差し入れる組み方なら、買い手の資金は敷金分で100万円必要になります。売り手の手取りも、造作の譲渡代金とは別に92万円が戻る形になります。
原状回復は、民法621条が、賃借人は賃借物を受け取った後に生じた損傷(通常の使用による損耗と経年変化を除く)がある場合に、賃貸借が終了したときその損傷を原状に戻す義務を負うと定めています。賃貸借が引き継がれる居抜きでは、賃貸借は終了しないので、売り手がいま原状回復をする場面にはなりません。そのかわり、買い手が将来の退去時にどこまで負うのかが問題になります。次の点を、譲渡契約と承諾書に書いておきます。
- 買い手が引き継ぐ原状回復の範囲(スケルトン返しか、居抜きのまま返せるか)
- 引き継ぐ時点で既にある損傷や増設部分の扱い
- 契約書にある原状回復の特約の内容
特約の効力や範囲は、個別の契約書で変わります。判断が要る箇所は弁護士などの専門家に確認してください。廃業する場合の原状回復や敷金の精算は、バー・スナックは廃業と売却どっちが得かで扱っています。
営業場所を使い続けられるかは、残りの期間・更新・大家の交代で決まる
結論: 買い手が見るのは、いま使えるかではなく、事業計画の期間のあいだ使い続けられるかです。契約期間、更新の有無、大家の交代を確かめます。
借地借家法26条は、期間の定めがある建物賃貸借で、期間の満了の1年前から6か月前までの間に更新しない旨などの通知をしなかったときは、従前と同一の条件で更新したものとみなし、その期間は定めがないものとする、と定めています。28条は、賃貸人による更新しない旨の通知や解約の申入れは、賃貸人と賃借人が建物の使用を必要とする事情などを考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければできないと定めています。
ただし、更新がない契約もあります。38条の定期建物賃貸借は、期間の定めがある場合に、公正証書などの書面で契約をするときに限り、契約の更新がないこととする旨を定められる、と定めています。居抜きで引き継ぐ物件が定期建物賃貸借なら、期間が満了したあとに続けて使えるとは限りません。
| 確認する点 | 見る場所 | 買い手への影響 |
|---|---|---|
| 契約の種類 | 契約書の表題・更新に関する条項 | 普通の賃貸借か、定期建物賃貸借か。後者は期間満了で終わる |
| 残りの契約期間 | 契約書の期間、更新の履歴 | 投資の回収期間に対して足りるか |
| 更新の条件 | 更新料、更新時の賃料改定の条項 | 更新時の費用が事業計画に入っているか |
| 大家の交代 | 物件の登記事項、大家への確認 | 建物が売られても、賃借人が対抗力を備えていれば賃貸人の地位は新しい所有者に移る |
大家が建物を売ったときについては、民法605条の2が、賃貸借の対抗要件を備えている場合にその不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位が譲受人に移転すると定めています。借地借家法31条は、建物の賃貸借は、登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後に建物について物権を取得した者に対して効力を生ずると定めています。賃借人が代わる居抜きの場面で、新しい借り手がこの対抗力を備えているかどうかは、引渡しの時期や契約の形で変わります。個別に確認が必要です。
なお、借地借家法30条は、26条から29条までを含む同法の「建物賃貸借契約の更新等」の節の規定に反する特約で、建物の賃借人に不利なものは無効と定めています(38条の定期建物賃貸借は、この30条の例外として更新がない旨を定められる契約です)。特約がこれに当たるかどうかは、契約書ごとに専門家の判断が要ります。
契約前に確認する書類は、賃貸借契約書・承諾書・敷金の資料・造作の一覧の4種類
結論: 売り手が出す書類と、買い手が自分で取る書類を分けて、承諾の前に揃えます。
| 書類 | 誰が出すか | 見ること |
|---|---|---|
| 賃貸借契約書(変更契約を含む) | 売り手 | 当事者、期間、更新、解除、COC条項、原状回復の特約、保証人 |
| 敷金・保証金の預託を示す資料 | 売り手 | 預託額、預託先、賃料の滞納の有無 |
| 賃料の支払い履歴 | 売り手 | 未払賃料、共益費の滞納 |
| 大家の承諾書(案) | 売り手と大家 | 承諾の範囲、条件、敷金の扱い、原状回復の範囲 |
| 造作・設備の一覧 | 売り手 | 大家の所有物か、売り手の所有物か、リース物か |
| 物件の登記事項 | 買い手 | 大家(所有者)と建物の担保の状況 |
許認可(深夜酒類提供届や風俗営業許可)は、賃貸借の承継とは別に取り直しの要否が決まります。詳しくはバー・スナックの許認可の引き継ぎをご覧ください。造作の値付けはバー・スナックの売却相場、買い手側の初期費用と居抜きの比較はバー・スナックの新規開業と居抜き買収で扱っています。
まとめ
- 賃貸借は、居抜きで店を譲っても自動では移りません。借り手を誰にするかを決めてから、大家に求めることを決めます。
- 賃借権を買い手に譲るなら、大家の承諾が先です。無断で譲ると、解除されうる点(民法612条)を前提に、承諾書で範囲と条件を残します。
- 敷金・原状回復・更新の扱いは、承諾の前に決めます。法令や契約書の解釈が要る箇所は、弁護士などの専門家に確認してください。
自社の場合を確認する 売却を考える店の事業価値を、自社の数字で確かめたいとき → 事業価値を確認する
よくある質問(FAQ)
Q1. スナックを居抜きで譲るとき、賃貸借契約は自動で買い手に移りますか? A. 移りません。借り手を買い手に替えるには、賃貸人の承諾が要ります(民法612条、539条の2)。株式譲渡なら借り手の会社は変わりませんが、契約書に支配権変更条項があれば、大家との協議が必要になることがあります。
Q2. 大家の承諾を取らずに、買い手に店を使わせるとどうなりますか? A. 民法612条2項は、賃借人が承諾なく第三者に賃借物の使用や収益をさせたとき、賃貸人は契約の解除をすることができると定めています。造作の売買が済んでいても、賃貸借が解除されれば営業場所を失うおそれがあるため、承諾書を先に取るほうが安全です。
Q3. 大家に支払う承諾料の相場はいくらですか? A. 本記事で取得した資料からは、承諾料の相場や決まりは確認できませんでした。承諾料の有無や金額、賃料の改定、保証人の変更などは、契約書と大家の意向によって個別に変わります。
Q4. 敷金は買い手に引き継がれますか? A. 自動では引き継がれません。民法622条の2第1項は、賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき、賃貸人は敷金の額から賃借人の債務の額を引いた残額を賃借人に返還しなければならないと定めています。本記事の整理では、買い手が新たに差し入れる形と、敷金を大家に預けたまま売り手と買い手が精算する形があり、どちらも当事者の合意で決めます。
Q5. 原状回復の義務は、居抜きで買い手に移りますか? A. 賃貸借が引き継がれると、将来の退去時の原状回復を買い手が負う形になりえます。民法621条は、通常の使用による損耗や経年変化を除く損傷について原状に戻す義務を定めています。どこまで引き継ぐかは、契約書の特約と譲渡契約・承諾書で決めるため、書面に残し、専門家に確認してください。
Q6. 株式譲渡なら、大家に何も言わなくてよいですか? A. 一概には言えません。株式譲渡では賃貸借の当事者である会社は変わりませんが、中小M&Aガイドライン(第3版)は、賃貸借契約にCOC条項があると、契約の継続のために事前に賃貸人との協議や交渉が必要になることがあると注意しています。契約書の条項を確かめ、必要なら専門家と進め方を決めます。
Q7. 居抜きで引き継いだ物件に、更新の保証はありますか? A. 契約の種類で変わります。普通の建物賃貸借では借地借家法26条・28条が更新と正当の事由を定めています。一方、定期建物賃貸借(同法38条)は、更新がないこととする旨を書面で定められるため、期間満了で終わることがあります。契約書の種類と残りの期間を確認します。
出典
- 民法(明治二十九年法律第八十九号)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 借地借家法(平成三年法律第九十号)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」(令和6年8月) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf