システム開発相場

システム開発会社 売却 相場|倍率が食い違う3つの理由と、事業モデル別の評価の見方

この記事の目次
  1. この記事の結論
  2. 「営業利益の○倍」という単一の相場は、システム開発会社には当てはまらない
  3. 倍率が食い違うのは、事業モデル・買い手・数え方がそろっていないから
  4. 中小の算定は純資産法が基本で、年買法は「足し上げ」の目安にとどまる
  5. 事業モデルによって、利益の源泉と「下がる要因」が違う
  6. 価格を上げ下げする要因は、ハブの主要KPI 7項目に対応する
  7. 自社プロダクトや SaaS の継続売上が大きいなら、利益だけでなく継続売上の見方も足す
  8. 実質利益の出し方で、同じ会社でも算定の出発点が変わる
  9. まとめ
  10. よくある質問(FAQ)
  11. 出典

「営業利益の2〜5年分」「エンジニア1人あたり○万円」。システム開発会社の売却相場を調べると、記事ごとに違う数字が出てきます。どれが自社に当てはまるのか分からないまま、数字だけが頭に残る。この記事は、その食い違いの理由と、自社の数字をどう見ればよいかを書きます。

この記事の結論

  • システム開発会社に「これが相場」という単一の倍率はありません。 倍率は、SES・受託・元請・自社プロダクトが混ざった集計の数字で、自社の価格にそのまま当てはまりません。
  • 中小M&Aガイドライン(第3版)は、中小M&Aの譲渡額の算定に簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法(マルチプル法)が多く使われ、最終的には当事者が合意した金額が譲渡額になるとしています。
  • 価格を動かすのは倍率より前の、利益が何から生まれ、買収後も残るかです。事業モデル別の見方は下の表で確かめられます。

この記事の対象:システム開発会社(SES・受託開発・元請・SI・自社プロダクトなど)のオーナーで、売却を考え始めた段階の方。

システム開発会社のM&A全体の見方は、システム開発会社のM&A DATAにまとめています。この記事は、そのうち「いくらで売れるか」だけを深く扱います。

「営業利益の○倍」という単一の相場は、システム開発会社には当てはまらない

結論: 検索で出てくる倍率は、事業モデルの違う会社をひとまとめにした目安です。自社の価格を決める数字ではなく、算定の出発点にすぎません。

たとえば、民間の解説記事3本(M&Aサクシード、M&A総合研究所、よくわかるM&A)は、いずれも「時価純資産+営業利益の2〜5年分」を簡易的な式として紹介しています。同じ式を使っても、どの利益を営業利益と見るか、何年分を足すかで結果は大きく動きます(後の「仮の数字」の例を参照)。さらに3本とも、エンジニアの単価と人数から相場を出す方法に触れています(M&Aサクシードは、同業のシステム開発会社が買い手の場合に用いられることがある方法と説明しています)。出発点の式が複数あり、それぞれ前提が違うので、数字は食い違います。

避けたい判断 こうすればOK
「営業利益の3倍」と書いてある記事の数字を、そのまま自社の価格にする 自社の利益が何から生まれているかを分けてから、その事業モデルの見方を当てはめる
1本の記事の倍率を、別の記事の倍率と比べて高い・低いを判断する それぞれの数字が、どの会社群・どの利益・どの年数を前提にしているかを確かめる
エンジニアの人数×単価の式で出た数字を「会社の価値」と考える その式は、エンジニアの確保が目的の買い手が見る一つの物差しと捉える

倍率が食い違うのは、事業モデル・買い手・数え方がそろっていないから

結論: 食い違いの原因は主に3つです。どれも「何を同じ物差しで測っているか」の問題です。

食い違いの出どころ 何が起きるか 読むときの確認点
事業モデルの混在 SES・受託・元請・SI・自社プロダクトで、利益の源泉と続きやすさが違う。ひとまとめの倍率は、どの型が多く入っているかで動く 集計の母集団に、自社と同じ型がどれだけ入っているか
上場企業の取引と中小の取引 ガイドラインは類似会社比較法で上場企業の株価や類似取引の成立価格を使うと説明する。上場企業の数字を中小の会社にそのまま当てはめてよいかは、別に確かめる必要がある 示された数字が、上場企業の取引か、中小の取引か
数え方の違い 営業利益か、役員報酬や一過性の費用を直した利益か。足す年数は何年か。純資産に何を含めるか 「利益」の定義と年数、純資産の範囲

「システム開発会社」の中身が違えば、同じ利益でも買い手の見方が変わります。ハブでも整理しているとおり、SES は人材・稼働率・商流、受託開発は顧客・継続案件・採算、元請・SI は顧客関係・元請比率・PM人材、自社プロダクトは継続売上・顧客・IP が見られやすい項目です。

多重下請け構造についても、よくわかるM&Aの記事は、公正取引委員会の調査が業界構造に課題があると指摘していることを紹介しています。商流のどの位置にいるかが、価格の見方に関わりうることの背景です。

中小の算定は純資産法が基本で、年買法は「足し上げ」の目安にとどまる

結論: 中小企業庁のガイドラインは、手法を3つの系統に分けて説明しています。倍率は、そのうちマルチプル法の一部です。

中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)は、バリュエーションについて次のように書いています。

  • 中小M&Aでは「簿価純資産法」「時価純資産法」「類似会社比較法(マルチプル法)」で算定した株式価値・事業価値をもとに譲渡額を交渉するケースが多い
  • 算出された金額がそのまま譲渡額になるとは限らず、「簿価純資産法」または「時価純資産法」で出した金額に、数年分の任意の利益(税引後利益または経常利益等)を加える場合もある
  • 当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額になる

つまり、世の中で「年買法」「年倍法」と呼ばれる「純資産+利益の数年分」は、ガイドラインでは、純資産法で出した金額に利益を加える場合がある、という位置づけで書かれています。ガイドラインの該当箇所には「年買法」という名称は出てきません。

同ガイドラインは公認会計士の業務の説明の中で、企業価値評価の方法を次の3つに分けています(日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」を参照した記載)。

アプローチ 何を見るか 代表的な手法 システム開発会社での使いどころ(編集部の整理)
コスト(ネットアセット) 貸借対照表の純資産 時価純資産法・簿価純資産法 土台。現預金・売掛金・借入金などを実態に直す。人が資産の会社では、これだけだと価値の大部分が出ない
マーケット 上場同業他社や類似取引 市場株価法・マルチプル法 倍率の出どころ。同じ型の会社の取引が参照できるかが鍵
インカム 将来のキャッシュフローや利益 DCF法・収益還元法 継続契約や自社プロダクトなど将来の収益を見込める会社で効く。見込みの根拠(契約・解約率)の説明が必要

ガイドラインは、3つのアプローチの特徴も表で示しています。客観性はコストとマーケットが高く、インカムは「問題となるケースもある」とされる一方、将来の収益獲得能力の反映はインカムが最も優れています。どれか1つが正解ではなく、複数の算定結果を比べることもあると書かれています。

また、同ガイドラインは税理士の項で、中小M&Aでは時価純資産法で算定されるケースが多いと述べています。人が価値の中心であるシステム開発会社では、純資産に足し上げる「のれん(営業権)」の部分が価格のほとんどを占めることになり、そこをどう説明できるかが交渉の中心になります。

事業モデルによって、利益の源泉と「下がる要因」が違う

結論: 自社がどの型に近いかで、買い手が見る場所が変わります。複数の型が混ざる会社は、売上の大きい型の見方を主にして、残りは別の物差しで足し引きします。

事業モデル 買い手が利益の源泉と見るもの 上がる要因 下がる要因
SES エンジニアの稼働と、稼働を支える契約 長期契約の比率、エンジニアの定着、エンド直や元請に近い商流 商流が深い(下位の請負)、特定の現場・顧客への集中、稼働率のばらつき
受託開発 顧客基盤と案件の継続 同じ顧客からの継続受注、案件ごとの粗利が安定、保守・運用契約 一社依存、不採算案件、社長が営業と見積もりを担っている
元請・SI 顧客との直接の関係と上流工程の力 元請比率、PM層の厚さ、大手顧客との取引口座 要件定義やPMが社長に集中、特定案件への依存
自社プロダクト 継続売上とプロダクト 継続課金の比率、解約率の低さ、権利が会社に帰属 作った人しか保守できない、権利関係が不明確、受託売上で成り立っている
技術・業界特化 専門人材と業界での実績 専門人材の定着、特定業界の顧客基盤 専門人材が1〜2名に集中、技術の陳腐化

エンジニアの人数と単価から出す見方は、同業のシステム開発会社が買い手の場合に用いられることがある、と M&Aサクシードは紹介しています。ただし、買収後にエンジニアが残らなければ意味がなく、定着・年齢構成・スキルの見立てが前提になります。

価格を上げ下げする要因は、ハブの主要KPI 7項目に対応する

結論: 倍率は結果で、原因は次の7項目です。買い手はこれらを見て、利益が買収後も残るかを判断します。

確認項目 価格を上げる状態 価格を下げる状態
エンジニア組織 正社員が中心、年齢構成が偏らず、PM/PL層がいる 業務委託頼み、キーパーソンに技術が集中、離職が続く
商流 エンド直・元請・一次請けの比率が高い 二次請け以下が中心
顧客集中 上位1〜3社への依存が低い 1社で売上の大半
売上の継続性 保守・運用、継続開発、サブスクの割合が高い 単発案件ばかりで毎期ゼロから受注
案件の採算 案件別の粗利が把握でき、不採算が少ない 案件別の採算が不明、赤字案件を抱える
経営者への依存 営業・要件定義・PM・採用が分担されている 社長が抜けると回らない
技術・IP 権利が会社にあり、保守できる人が複数いる 外注成果物の権利が不明、作った人しか分からない

同じ営業利益でも、「複数の顧客から継続受注し、社長が営業を担っていない会社」と「1社依存で社長が全部やる会社」では、買い手が見るリスクが違います。7項目の詳しい中身と、売却前に整理できるチェックリストはハブに載せています。

自社プロダクトや SaaS の継続売上が大きいなら、利益だけでなく継続売上の見方も足す

結論: 継続課金がまとまってあるなら、その部分は営業利益の倍率ではなく、MRR・解約率といった指標で見られることがあります。

受託やSESの売上が主で、自社プロダクトの売上が一部という会社は、その一部を別の物差しで足し引きします。継続課金の売上が大きい会社は、プロダクトの部分を SaaS・Webサービス の見方で確認できます。Web制作や保守契約の割合が高い会社の評価の考え方は、Web制作会社の売却相場でも書いています。

なお、買収の目的や買い手の見立て(人材・顧客・技術のどれを重く見るか)は、システム開発会社のM&A事例で、具体的な取引の形とあわせて整理しています。また、プロダクトや受託成果物の著作権の帰属は価格に直結するため、システム開発会社の知的財産で別に整理しています。

実質利益の出し方で、同じ会社でも算定の出発点が変わる

結論: 営業利益をそのまま使わず、売却後に続く姿に直した利益で見るのが一般的な進め方です。次は仮の数字での計算例で、実際の価格や相場を示すものではありません。

仮の数字:受託開発の会社(営業利益2,000万円、時価純資産4,000万円)

調整 仮の金額 考え方
営業利益(決算書どおり) 2,000万円 出発点
社長報酬のうち、社長の役割を担う後任に払う想定額を超える分 +600万円 社長が抜けた後の実際の人件費に近づける
一過性の費用(オフィス移転費など) +200万円 毎期は発生しない
一過性の収益(補助金など) −100万円 毎期は入らない
調整後の利益 2,700万円

この調整後の利益を使い、「時価純資産+調整後利益×年数」の式に当てはめると、足す年数が2年なら9,400万円、5年なら1億7,500万円と、年数だけで約8,000万円の幅が出ます(いずれも仮の数字。2〜5年は民間記事の目安の範囲で、5年はその上限です。この会社の価格ではありません)。ガイドラインの参考資料2は、加算する利益の種類(税引後利益又は経常利益等)と年数(通常1年~3年)は事例ごとに異なり、交渉で決まるケースが多いとしています。民間記事の「2〜5年分」は、それより長い年数まで含んだ目安です。

年数を決める根拠は、前の表の7項目で示される「利益が残る確からしさ」です。社長依存が強く顧客も1社に偏る会社の年数は短く、継続契約が厚く商流の位置が良い会社の年数は長く見られる、という方向で交渉されます。

自社の場合を確認する 7項目のうち自社がどこに当てはまるかを見たいとき → 事業価値を確認する

まとめ

  • システム開発会社の売却相場は、単一の倍率では表せません。倍率が食い違うのは、事業モデル・上場と中小・利益や年数の数え方がそろっていないためです。
  • 中小M&Aガイドライン(第3版)が示すとおり、算定手法は複数あり、最終的な譲渡額は当事者の合意で決まります。純資産法で出した金額に利益を足す場合は、その利益と年数が価格を大きく動かします。
  • 倍率より先に見るのは、エンジニア組織・商流・顧客集中・継続性・採算・社長依存・IPの7項目です。自社の型に合う見方を当てはめると、数字の食い違いが読みやすくなります。

よくある質問(FAQ)

Q1. システム開発会社の売却相場はいくらですか? A. 単一の相場はありません。民間の解説記事は「時価純資産+営業利益の2〜5年分」を簡易的な式として紹介していますが、事業モデル、利益の数え方、足す年数で結果が大きく変わります。中小M&Aガイドライン(第3版)も、最終的な譲渡額は当事者が合意した金額になるとしています。

Q2. SESと受託開発で、売却の評価はどう違いますか? A. SESはエンジニアの稼働・定着・商流が見られやすく、受託開発は顧客基盤・継続案件・案件の採算が見られやすい、と整理できます。ただし、どちらも社長への依存や顧客の集中が強いと、買い手には引き継げる利益が少なく見えます。

Q3. 「年買法」はガイドラインに載っている算定方法ですか? A. 中小M&Aガイドライン(第3版)には「年買法」という名称は出てきません。同ガイドラインは、簿価純資産法・時価純資産法で出した金額に、数年分の任意の利益(税引後利益または経常利益等)を加える場合もある、と説明しています。年数は通常1〜3年とされています(中小企業庁 参考資料2)。

Q4. エンジニアの人数×単価で会社の価値は決まりますか? A. 決まりません。M&Aサクシードは、同業のシステム開発会社が買い手の場合に用いられることがある方法として紹介しています。買収後にエンジニアが残ること(定着・年齢構成・スキル)が前提で、売上や顧客、商流の見立てと合わせて判断されます。

Q5. 自社プロダクトの売上が一部あると、評価は変わりますか? A. 継続課金の売上がまとまってあれば、その部分は利益の倍率ではなく MRR・解約率などの指標でも見られることがあります。権利が会社にあり、保守できる人が複数いるかも確認されます。

Q6. 売却前に、価格を上げるためにできることはありますか? A. 社長しかできない仕事(営業・見積もり・要件定義・PM・主要顧客との関係)を少しずつ他の人に移すこと、顧客別・案件別の採算が分かる資料を用意すること、外注成果物の権利関係を整理することが、7項目の改善につながります。個別の税務や法務の判断が必要な場面では、税理士・弁護士などの専門家に確認してください。

出典

  • 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
  • 同 参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」 https://www.meti.go.jp/files/900016261.pdf
  • M&Aサクシード https://ma-succeed.jp/content/knowledge/post-6613
  • M&A総合研究所 https://masouken.com/%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0%E9%96%8B%E7%99%BA%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%81%AEM&A%E4%BA%8B%E4%BE%8B
  • よくわかるM&A(コーポレート・アドバイザーズ)https://co-ad.jp/blog/ma_trends/1407/

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