この記事の目次
広告運用会社の売却案件では、「広告取扱高は月○千万円」「運用実績が豊富」といった説明が並ぶことがあります。ところが、買い手が買うのは広告費ではなく、そこから生まれる運用手数料と、それを続けられる体制です。この記事は、買収前に何を、どの資料と突き合わせて確かめるかを、広告主別の表を使って整理します。
この記事の結論
- 確かめる単位は広告主別です。 媒体費・請求額・運用手数料・契約・広告アカウントの名義・担当者を1行に並べ、請求書・入金・媒体の管理画面と照合します。
- 「買ったら引き継げる」と見込む前に、名義と外せる人を確かめます。 広告アカウント・計測環境は広告主が持っている場合があり、売り手の会社が持つのは運用の権限だけということもあります。
- 見つかった論点は、価格・契約条件・表明保証・クロージングの前提条件に振り分けます。 問題の発見がそのまま中止の理由になるとは限りません。
この記事の対象:広告運用会社・運用代行会社の買収を検討している買い手。売り手として、買い手に何を問われるかを知りたい方にも使えます。
デジタルマーケティング会社のM&A全体の見方は、デジタルマーケティング会社のM&A DATAにまとめています。この記事は、そのうち買収前のDDだけを深く扱います。売却価格の見方はデジタルマーケティング会社のM&A相場、広告アカウントの引継ぎは広告運用会社のM&Aで広告アカウントは引き継げるか、継続収益の評価は広告運用代行会社の売却価値、買い手の類型はデジタルマーケティング会社の買い手候補で扱います。
広告運用会社のDDは、広告費・運用実績・契約と媒体条件・人と外注の4領域に分けて確かめる
結論: 4つの領域は、確かめる相手も資料も違います。まとめて「財務DD」として済ませず、領域ごとに照合先を決めておきます。
中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、DDを、主に譲り受け側が譲り渡し側の財務・法務・ビジネス(事業)・税務等の実態を、FAや士業等の専門家を活用して調査する工程と説明しています。調査の範囲は譲り受け側の意向に従い、想定されるリスク全般を調べることも、対象を絞って簡易に行うこともあります。同ガイドラインは、中小M&Aの実務では、数年分の税務申告書の確認と経営者へのヒアリング等だけで終えることもあると書いたうえで、ヒアリングだけでリスクを評価するには限界があるとも述べています。
広告運用会社では、次の4領域に分けると、資料と照合先を決めやすくなります(領域の分け方は本記事の整理です)。
| 領域 | 確かめること | 売り手に求める資料 | 照合先 |
|---|---|---|---|
| 広告費と収益 | 広告取扱高・請求額・運用手数料の関係、売上の数え方 | 広告主別の月次一覧、請求書、入金明細、媒体への支払明細 | 通帳・会計帳簿・媒体の請求書 |
| 運用実績 | 実績が再現できるか、何によるものか | 広告主別のレポート、目標と結果、運用の変更履歴 | 媒体の管理画面、計測ツール |
| 契約と媒体の条件 | 契約期間・解約条件・再委託の可否、アカウントの名義と権限 | 広告主との契約書、アカウント・権限の一覧 | 契約書、媒体の管理画面 |
| 人と外注 | 担当者・外注先への依存、労務・支払の状況 | 担当者別の持ち広告主、外注契約、勤怠・給与の資料 | 契約書、賃金台帳、支払記録 |
株式譲渡か事業譲渡かでも、DDの重さは変わります。ガイドラインは、株式譲渡は法人格が変わらないため、未払残業代など貸借対照表の数字に表れない簿外債務や、将来発生しうる偶発債務のリスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが実施される傾向にあると説明しています。事業譲渡は承継する財産を選べ、簿外債務・偶発債務のリスクを比較的遮断しやすい一方、承継対象財産の特定や対抗要件の具備、許認可の取得などの作業が必要になります。広告運用会社の場合、広告アカウントや媒体との契約をどちらの形でどう移すかは、後の章で触れるとおり個別に確認が必要です。
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 売り手の「実績が豊富」という説明と、会社概要書の数字だけで価格を考える | 広告主別の一覧を作ってもらい、請求書・入金・管理画面で確かめる |
| 4つの領域を財務の専門家1人に任せる | 運用実績と媒体の条件は、広告運用の実務を知る人が見る体制にする |
| DDの範囲を決めないまま始める | 領域ごとに、どこまで確かめるかと予算を先に決める |
広告取扱高・請求額・収益認識は、広告主別に並べて照合する
結論: 広告取扱高が大きくても、会社に残る収益は運用手数料の部分だけの場合があります。広告費・請求額・手数料を広告主別に並べて、売り手の売上の数え方と合っているかを確かめます。
次は仮の数字での照合表です。実在の会社や、広告運用会社の手数料率の水準を示すものではありません。仮の前提:売り手は4社の広告主の運用を受託し、広告費は売り手が広告主へ請求する(広告主へ請求する額は、広告費に手数料を足した額)と置きます。
| 広告主 | 月の広告費(媒体費) | 手数料の形 | 運用手数料 | 広告主への請求額 |
|---|---|---|---|---|
| X社 | 600万円 | 広告費の20% | 120万円 | 720万円 |
| Y社 | 300万円 | 広告費の15% | 45万円 | 345万円 |
| Z社 | 100万円 | 月額固定 | 30万円 | 130万円 |
| W社 | 50万円 | 広告費の20% | 10万円 | 60万円 |
| 合計 | 1,050万円 | - | 205万円 | 1,255万円 |
この表から、次の3つの数字が読めます。
- 広告取扱高(広告費の合計)は1,050万円、広告主への請求額の合計は1,255万円、運用手数料の合計は205万円です。
- 仮に請求額を売上として数える(総額)と月1,255万円、手数料だけを数える(純額)と月205万円で、約6倍の開きがあります。これは計算上の比較で、この仮の売り手がどちらで計上すべきかを示すものではありません。
- 広告費に対する手数料の割合は、205万円 ÷ 1,050万円 ≒ 19.5%です。
総額か純額かは、売り手が好きに選べるものではなく、広告主との契約で何を約束しているか(履行義務)と、その履行の実態で決まります。手数料の形や請求書の書き方だけでは決まりません。企業会計基準委員会の企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(2018年3月30日、2020年3月31日改正。本記事ではこの版を確認しました)は、顧客への財・サービスの提供に他の当事者が関与している場合の本人と代理人の区分を、次のように定めています。
- 企業が本人に該当するときは、対価の総額を収益として認識する(第39項)。
- 企業が代理人に該当する、つまり他の当事者が提供するように手配する履行義務のときは、報酬または手数料の額(または受け取る額から他の当事者に支払う額を控除した純額)を収益として認識する(第40項)。
- 区分は、顧客に約束した特定の財・サービスのそれぞれについて行う(第41項)。
- 財・サービスが顧客に提供される前に企業が支配しているかで判断する。考慮する指標として、履行の主たる責任、在庫リスク、価格設定の裁量が挙げられている(第43項、第47項)。
つまり、同じ広告取扱高でも、売り手の取引が本人にあたるのか代理人にあたるのかで、損益計算書の売上高は大きく変わります。同じ売り手でも、広告主との契約ごとに約束の中身が違えば、判断が分かれることがありえます。買い手は、売り手の売上の数え方(総額か純額か)と、その根拠となる広告主との契約の中身(何を約束し、誰が履行の主たる責任を負い、価格を誰が決めているか)を確認し、広告主別の一覧と合うかを見ます。会計処理の判断そのものは、公認会計士・税理士に確認してください。
照合の手順は、次のとおりです(手順は本記事の整理です)。
| 照合の段階 | 確かめること | 食い違いがあるとき疑うこと |
|---|---|---|
| 広告主別の一覧 ↔ 請求書 | 一覧の媒体費・手数料が、広告主へ出した請求書と合うか | 一覧が管理資料で、請求の実績とずれている |
| 請求書 ↔ 入金 | 請求額が、入金明細で確認できるか | 入金の遅れ、値引き、未回収 |
| 媒体費 ↔ 媒体の請求書・支払 | 広告主から預かった広告費が、媒体への支払と合うか | 立替・預りの残高、媒体への未払い |
| 手数料 ↔ 契約 | 契約の手数料率・固定額と、請求した額が合うか | 契約外の値引き、口頭の合意 |
Google 広告のヘルプには、毎月の請求書発行による支払いを利用している Google 広告アカウントでは MCC アカウントが必要という記載があります(Google 広告ヘルプ「Google 広告 MCC アカウントについて」)。月次の請求書払いを使っている場合は、媒体へ誰が与信を受けて支払っているかが、売り手の運転資金と買い手が引き継ぐ債務の範囲に関わりうるため、請求の仕組みも確認します。
運用実績とレポートは、売り手の資料ではなく媒体の管理画面で再現できるかを見る
結論: 運用実績は、売り手のまとめた資料だけで判断しません。管理画面を一緒に開いて、同じ条件で数字を出せるかを確かめます。
売り手の説明を、確かめる方法と対応させると次のようになります(確かめ方は本記事の整理です)。
| 売り手の説明 | 確かめ方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 「広告主のCPAを○割下げた」 | 媒体の管理画面で、同じ期間・同じコンバージョンの定義で数字を出す | コンバージョンの定義や集計の条件が途中で変わっていないか |
| 「運用を始めてから売上が伸びた」 | 開始前後の期間を、広告費・季節・広告主側の施策と並べて見る | 運用の成果か、広告費の増加や広告主側の施策かは断定できない |
| 「長く続いている広告主が多い」 | 広告主別の運用開始日と、広告費の月次推移を見る | 契約期間が長いことと、実績に満足していることは別 |
| 「改善の仕組みがある」 | 運用の手順書、変更履歴、レポートの定型を見る | 手順が書かれているか、担当者の頭の中にあるか |
確認の方法には、権限の渡し方も含まれます。計測環境の例として、Google アナリティクスには5つの役割(管理者・編集者・マーケティング担当者・アナリスト・閲覧者)があり、データを見るだけなら閲覧者の役割で足ります(アナリティクス ヘルプ「アクセス権とデータ制限の管理」)。本記事の整理では、DDの段階で買い手に渡すのは、閲覧に必要な最小限の権限にとどめます。広告主の機密や個人に関わる情報が含まれるため、どこまで見せるかは、秘密保持契約と広告主との契約の範囲で決めます。
なお、実績は広告主の事業の状況に左右されます。1社の好調な実績だけで運用力を評価せず、広告主の業種・予算規模・期間をそろえた複数の事例で見ます。
顧客契約と広告媒体の利用条件は、「誰の名義で、誰が外せるか」で読む
結論: 広告アカウント・計測環境・顧客契約は、売り手の会社の資産と見える場合でも、名義と外せる人は別にいます。広告主別に、名義と解除の権限を確かめます。
3つの資産について、取得して確認できた公式の説明を整理します。
| 資産 | 公式の説明 | DDで確かめること |
|---|---|---|
| Google 広告のクライアント アカウント | データは引き続きクライアント アカウントが所有する。クライアントはオーナーの MCC とのリンクをいつでも解除できる。オーナー権限は1つのクライアント アカウントにつき1アカウントのみ。既存アカウントをリンクした場合、オーナー権限は既定では付与されず、クライアント側で有効にする(Google 広告ヘルプ「クライアント アカウントのオーナー権限について」) | 売り手の MCC が、アカウントのオーナーか、単にリンクされているだけか。広告主が自分でアカウントを持っているか |
| Meta の広告アカウント | ビジネス管理APIでは、ビジネスがアカウントの OWNER か AGENCY かが区別される。ほとんどの代理店は顧客の広告アカウントを取得(クレーム)する必要はなく、他のビジネスが所有する資産へのアクセスはビジネス間の手続きで申請する。取得は一度きりの手続きで、OWNER かつ CONFIRMED のアカウントはビジネスから削除できない(Meta for Developers「広告アカウント」) | 広告アカウントが広告主のビジネスにあるか、売り手のビジネスにあるか。売り手側にある場合の扱い |
| Google アナリティクス | ユーザーの追加・変更には管理者の役割が必要。ユーザーの削除はアカウント レベルの管理者が行う。最後の管理者は自分自身を削除できない(アナリティクス ヘルプ「ユーザーおよびユーザー グループの追加、編集、削除」) | 計測環境の管理者が、広告主か売り手か、元従業員や外部の制作会社か |
Meta ビジネスヘルプセンターも、広告アカウントを所有できるビジネスポートフォリオは1つだけで、別のポートフォリオが所有する広告アカウントは追加できず、代わりにアクセスをリクエストできると説明しています(「Meta Business Suiteでビジネスポートフォリオに広告アカウントを追加する」)。どのアカウントがどの条件で移せないかは、広告運用会社のM&Aで広告アカウントは引き継げるかで、確認できたヘルプの範囲で整理しています。
本記事の整理では、この確認から、広告主別に次の3つのどれに当たるかを分けるのが使いやすいと考えます。
- 広告主が所有し、売り手はアクセス権で運用している。 広告主が解約すれば、売り手は運用できなくなる。買収で動くのは運用の契約であり、アカウントではない。
- 売り手が所有し、広告主に運用成果を提供している。 広告主との契約が終わった後のデータやアカウントの扱いを、契約で確かめる。
- 名義が不明、または個人(元従業員など)になっている。 買収前に名義を整理する条件を付ける。
契約書では、次の点を広告主別に確認します(確認の項目は本記事の整理です)。
| 契約の項目 | 確かめること | 買い手のリスク |
|---|---|---|
| 契約期間・更新 | 期間の定め、自動更新の有無 | 期間の定めがない契約は、終了の条件を契約書の文言で個別に確かめる |
| 解約の予告 | 予告期間、中途解約の条件 | 予告が短いほど、収益の見通しが立てにくい |
| 手数料の定め | 率・固定額・最低額、変更の条件 | 口頭での値引きが契約と食い違っていないか |
| 再委託・外注 | 外注の可否、広告主の同意の要否 | 外注に出していて同意がない場合、契約違反になりうる |
| 契約の承継・支配権の変更 | 株式譲渡や事業譲渡で、広告主の同意や解約権が生じるか | 譲渡をきっかけに広告主が契約を見直せる |
| データ・成果物 | 広告アカウント・レポート・クリエイティブの帰属 | 契約終了後の扱いが定められていない |
ここまでの確認を、広告主別に1枚の表にまとめます。これが、本記事で提案するDD表です。
次は仮の数字での記入例です(上の照合表と同じ4社)。
| 広告主 | 運用手数料(月) | 手数料の構成比 | 契約の条件(仮) | 広告アカウントの名義(仮) | 計測の管理者(仮) | 担当者(仮) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| X社 | 120万円 | 58.5% | 期間の定めなし、1か月前に予告すれば解約できる | 広告主 | 売り手の元従業員 | A |
| Y社 | 45万円 | 22.0% | 12か月、自動更新 | 売り手 | 売り手 | B |
| Z社 | 30万円 | 14.6% | 6か月、手数料は月額固定 | 広告主 | 広告主 | A |
| W社 | 10万円 | 4.9% | 期間の定めなし、口頭の合意あり | 不明 | 不明 | B |
| 合計 | 205万円 | 100.0% | - | - | - | - |
この表から、DDで追加確認する項目が、優先順に見えます。仮の数字の例では、構成比が約6割のX社が、期間の定めがなく、計測の管理者が元従業員です。X社の契約と計測環境の整理が、ほかの3社より先に必要になります。W社は構成比が小さいものの、名義が不明で口頭の合意があるため、買収前に書面化と名義の確認を求めます。
媒体ごとの引継ぎの詳細は、広告運用会社のM&Aで広告アカウントは引き継げるかで扱います。
担当者・運用手順・外注先への依存は、「抜けても回るか」で確かめる
結論: 広告運用会社の収益は、人と手順に支えられています。担当者別の持ち分を出し、抜けた場合の手数料を試算して、依存の大きさを数字で見ます。
仮の数字の例(上のDD表の続き)で、担当者別の持ち分を出します。
| 担当者 | 持ち広告主 | 運用手数料(月) | 構成比 |
|---|---|---|---|
| A | X社・Z社 | 150万円(120万円 + 30万円) | 73.2% |
| B | Y社・W社 | 55万円(45万円 + 10万円) | 26.8% |
| 合計 | 4社 | 205万円 | 100.0% |
担当者Aが退職し、持ち広告主の2社が契約を終えるという極端な場合、月の運用手数料は205万円から55万円に下がります(150万円の減少、約73%減)。X社だけが終える場合でも、205万円から85万円になり、120万円(約58.5%)減ります。実際に広告主が離れるかは分かりません。この試算は、依存の大きさを見て、対応の優先順位を決めるためのものです。
確かめることは、次のとおりです。
| 確認する点 | 見方 | 買い手の打ち手の例 |
|---|---|---|
| 持ち広告主の偏り | 担当者別の構成比 | 構成比の高い担当者の残留や引継ぎ期間を条件にする |
| 運用の手順 | 手順書・変更履歴・レポートの定型があるか | 手順の文書化と引継ぎの期間を契約に入れる |
| 広告主との関係 | 経営者や担当者個人が窓口になっていないか | 買収の発表時に、広告主へ誰が説明するか決める |
| 外注先 | 外注している業務、契約の有無、支払の状況 | 外注先への依存と、契約の承継を確認する |
| 労務 | 残業代・社会保険・雇用契約 | 株式譲渡では簿外債務になりうるため、社労士等による人事労務DDを検討する |
労務の確認は、特に株式譲渡で重要です。ガイドラインは、株式譲渡では法人格が変わらないため、未払残業代等の簿外債務のリスクが比較的高くなりやすいと説明しています。勤怠の記録と賃金の支払を照合し、残業代の扱いを確かめておきます。
外注先への委託は、取引の内容と資本金・従業員数の基準によっては、中小受託取引適正化法(取適法)の対象になります。取適法は令和8年(2026年)1月1日から施行されており、情報成果物作成委託や役務提供委託を対象に、委託事業者に発注内容の明示、書類の作成・保存、60日以内の支払期日の設定などを義務づけています(公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法)関係」、中小企業庁「中小受託取引適正化法」)。売り手が外注先にどう発注し、いつ払っているかは、対象になるかどうかを含めて、弁護士等に確認してください。
DDの結果は、価格・契約条件・表明保証・クロージングの前提条件に振り分ける
結論: DDで見つかったことは、中止の理由か、価格か、契約条件かを決めて振り分けます。ガイドラインも、DDの結果を踏まえて最終契約の内容を調整することで、成立後のトラブルを防止できるとしています。
| 見つかったこと(仮の例) | 反映先の例 | 狙い |
|---|---|---|
| 構成比約6割の広告主の契約が、期間の定めなし | 価格に織り込む、またはクロージング前の契約更新を前提条件にする | 収益の見通しを立てる |
| 計測環境の管理者が元従業員 | クロージング前に管理者を整理させる | 買収後に見られない状態を避ける |
| 売上の数え方が総額で、契約は代理人にあたる可能性がある | 会計の専門家の確認を待ち、価格の前提の売上を直す | 価格の前提を正しくする |
| 担当者Aの持ち分が約7割 | 残留や引継ぎ期間の合意、アーンアウトの検討 | 人への依存を調整する |
| 外注先への支払状況が不明 | 表明保証と補償で扱う | 簿外債務への備え |
| 口頭の合意が残っている広告主 | 買収前に書面化させる | 契約と実態を合わせる |
契約条件の側では、ガイドラインの次の点が使えます。
- 表明保証: 期間や責任上限が定められていない、適用場面が明確でない規定は、譲り渡し側が過大な責任を負い、争いが生じるリスクがある。DDの結果を踏まえ、問題が顕在化する可能性と影響の大きさを検討し、譲渡対価に織り込まれているかを勘案して、双方が認識を擦り合わせることが重要とされています。
- 表明保証保険: 購入する場合、DDの結果を報告したDDレポート等を保険会社に提出し、引受審査を経る必要があります。
- アーンアウト条項: クロージング後の一定期間の特定の時点で、売上や利益などの目標を設定し、達成されたら追加の対価を支払う条項です。目標や追加対価が曖昧だと争いになるリスクがあり、DDや当事者間の調整を十分に行ったうえで、確定していない具体的なリスクに対応して設定すべきで、バリュエーションの差を埋める目的で設けるかは慎重に検討すべきとされています。
- クロージングの前提条件: 最終契約からクロージングまでに実施すべき事項を、前提条件として定める場合があります。
買収後の人材の定着や広告主への対応は、買い手の別の課題として残ります。DDの結果を、買収後の最初の100日の計画にも引き渡しておくと、見つかった論点が放置されません。
自社の場合を確認する 買収を検討している事業の価値を数字で整理する → 事業価値を確認する
まとめ
- 広告運用会社のDDは、広告費と収益・運用実績・契約と媒体の条件・人と外注の4領域に分け、広告主別の表で照合します。
- 広告取扱高と会社の収益は別の数字です。売り手の売上の数え方(総額か純額か)を確かめ、請求書・入金・媒体の支払まで追います。
- 広告アカウント・計測環境・契約は、名義と外せる人を広告主別に確かめます。引継ぎを前提にしません。
- 担当者別の持ち分と、抜けた場合の手数料を試算します。依存は、価格・残留の合意・アーンアウトなどで調整します。
- 発見事項は、中止の理由か、価格か、契約条件かに振り分けます。法務・税務・労務の判断は、弁護士・税理士・社労士など専門家に確認してください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 広告運用会社のDDでは、まず何を確かめればよいですか? A. 広告主別に、媒体費・請求額・運用手数料・契約条件・広告アカウントの名義・担当者を1行に並べた表を売り手に作ってもらい、請求書・入金・媒体の管理画面と突き合わせます。広告取扱高の大きさではなく、どの広告主から、どの条件で、誰の運用によって手数料が入っているかを先に確かめるためです。
Q2. 広告取扱高が大きい会社は、売上も大きいと考えてよいですか? A. そうとは限りません。広告取扱高は広告主が媒体に支払う広告費を含む数字で、会社に残る収益は運用手数料の部分だけの場合があります。会計上の売上を総額で数えるか純額で数えるかは、売り手が選ぶものではなく、企業会計基準適用指針第30号の本人と代理人の区分に沿って、広告主との契約で約束した財・サービスごとに、契約と履行義務の実態から判断されます。売り手の会計方針は、公認会計士・税理士に確認してください。
Q3. 広告アカウントは、会社を買えば自動的に引き継げますか? A. 自動的に引き継げるとは言えません。Google 広告では、クライアント アカウントのデータは引き続きクライアント アカウントが所有し、広告主はオーナーの MCC とのリンクをいつでも解除できると説明されています。Meta でも、アカウントの所有者か代理店かが区別されます。売り手が持つのが「所有」なのか「広告主から与えられたアクセス権」なのかを、アカウントごとに確認します。
Q4. 運用実績のレポートは、売り手の資料をそのまま信用してよいですか? A. 資料だけで判断せず、媒体の管理画面を売り手と一緒に開き、期間・コンバージョンの定義・集計の条件をそろえて数字を再現できるかを確かめます。実績が運用の工夫によるものか、広告主の予算増や季節要因によるものかは、断定できないことが多いので、複数の期間と広告主で見ます。
Q5. 担当者への依存は、どう価格に反映しますか? A. 担当者別の持ち広告主と、その手数料が全体に占める割合を出し、担当者が抜けた場合の手数料を試算します。そのうえで、価格の調整、キーパーソンの残留や引継ぎ期間の合意、成果に連動した対価(アーンアウト)などから選びます。アーンアウトは、目標や追加対価が曖昧だと争いになりうると中小M&Aガイドラインが注意しています。
Q6. DDで問題が見つかったら、買収をやめるしかないのですか? A. やめるのは選択肢の一つです。ほかに、価格への反映、契約条件の変更、表明保証と補償の範囲の調整、クロージングの前提条件にする、といった振り分けがあります。中小M&Aガイドラインも、DDの結果を踏まえて最終契約の内容や条件を調整することで、成立後のトラブルを防止できると説明しています。法務・税務・労務の判断は、弁護士・税理士・社労士に確認してください。
出典
確認日はいずれも2026年10月23日です。
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」令和6年8月(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf)
- 企業会計基準委員会「企業会計基準適用指針第30号 収益認識に関する会計基準の適用指針」2018年3月30日、2020年3月31日改正(https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/shueki20200331_04_20200706.pdf)
- Google 広告ヘルプ「クライアント センター(MCC)アカウント: クライアント アカウントのオーナー権限について」(https://support.google.com/google-ads/answer/7456532?hl=ja)
- Google 広告ヘルプ「クライアント センター(MCC)アカウント: Google 広告 MCC アカウントについて」(https://support.google.com/google-ads/answer/6139186?hl=ja)
- Meta for Developers「広告アカウント - Business Management APIs」(https://developers.facebook.com/docs/marketing-api/business-asset-management/guides/ad-accounts)
- Meta ビジネスヘルプセンター「Meta Business Suiteでビジネスポートフォリオに広告アカウントを追加する」(https://www.facebook.com/business/help/915885887059947)
- アナリティクス ヘルプ「アクセス権とデータ制限の管理」(https://support.google.com/analytics/answer/9305587?hl=ja)
- アナリティクス ヘルプ「アナリティクスのユーザーおよびユーザー グループの追加、編集、削除」(https://support.google.com/analytics/answer/9305788?hl=ja)
- 公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法)関係」(https://www.jftc.go.jp/partnership_package/toritekihou.html)
- 中小企業庁「中小受託取引適正化法」(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/daikin.html)