デジタルマーケティング相場

デジタルマーケティング会社のM&A相場|広告取扱高と営業利益の違いから評価する

この記事の目次
  1. この記事の結論
  2. 最初に区別する数字は、広告取扱高・売上高・粗利益・営業利益の4つ
  3. 取扱高は売上ではない。総額か純額かで、同じ会社でも売上高は大きく変わる
  4. 算定の中心は純資産と利益。取扱高は価格の算式に入らない
  5. 利益の質が価格の幅を決める。月額契約・単発・成果報酬を分けて見る
  6. 公開されたM&A事例は、価格の形を知る材料。価格から自社を逆算はできない
  7. 売却前に整える収益資料は、取扱高から営業利益までの流れが追える形にする
  8. まとめ
  9. よくある質問(FAQ)
  10. 出典

「広告取扱高10億円なら、いくらで売れるのか」。デジタルマーケティング会社のオーナーが売却を考え始めるとき、まず取扱高から価格を考えようとすることがあります。ところが買い手が評価の中心に置くのは、取扱高ではなく、その会社に残る利益です。この記事は、数字の違いと、売却価格の見方を整理します。

この記事の結論

  • 広告取扱高は、売却価格を決める数字ではありません。 取扱高が同じ10億円でも、売上高・粗利益・営業利益が違えば、算定の出発点は大きく変わります(下の仮の2社の比較)。
  • 中小M&Aガイドライン(第3版)は、簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法(マルチプル法)などで算定した金額をもとに交渉し、最終的な譲渡額は当事者が合意した金額になるとしています。
  • 価格に反映されるのは、売上の大きさより収益の質(総額か純額か、継続する収益か、特定の顧客・担当者への依存)です。

この記事の対象:広告運用・デジタルマーケティング支援を行う会社のオーナーで、売却を考え始めた段階の方。

デジタルマーケティング会社のM&A全体の見方は、デジタルマーケティング会社のM&A DATAにまとめています。この記事は、そのうち「いくらで売れるか」だけを扱います。Web制作会社の価格の見方はWeb制作会社の売却相場で扱っているので、ここでは広告取扱高・運用手数料・広告主との関係に絞ります。

最初に区別する数字は、広告取扱高・売上高・粗利益・営業利益の4つ

結論: 4つは別の数字です。取扱高は取引の大きさ、売上高は会計上の収益、粗利益と営業利益は会社に残る利益を示します。

数字 本記事の整理での意味 売却価格との関係
広告取扱高 広告主との取引の総額に近い数字。媒体への支払いを含む。定義は会社ごとに違いうる 規模の目安。これだけでは価格を決められない
売上高(収益) 会計基準に従って計上した収益。総額の会社も純額の会社もある 会社間の比較には、表示方法をそろえる必要がある
粗利益 純額の売上から、運用担当者の人件費や外注費などの原価を引いた利益 収益力の土台。売上高より取扱高に左右されにくい
営業利益 粗利益から販売費及び一般管理費を引いた利益 算定方法の多くが出発点にする数字

上の「取扱高」の意味は、本記事の整理です。会社が開示する取扱高の定義は一定ではないため、比べる前に、何を含めた数字かを確かめます。

取扱高は売上ではない。総額か純額かで、同じ会社でも売上高は大きく変わる

結論: 広告代理店の売上高は、取引を「本人」として総額で計上するか、「代理人」として純額で計上するかで大きさが変わります。比較は、粗利益か営業利益でそろえます。

企業会計基準委員会(ASBJ)の企業会計基準適用指針第30号は、本人と代理人の区分を第39項から第47項で定めています。要点は次のとおりです。

  • 顧客に提供する前に、その財やサービスを企業が支配していれば本人。顧客から受け取る対価の総額を収益として認識する
  • 他の当事者がそれを提供するよう手配する立場なら代理人。手数料や報酬の額、または受け取る額から他の当事者に支払う額を引いた純額を収益として認識する
  • 判定は、顧客に約束した財やサービスごとに行う。同じ契約の中でも、本人になるものと代理人になるものがありうる
  • 支配の判断の指標として、履行に対する主たる責任、在庫リスク、価格設定の裁量が挙げられている

実際の開示でも差が出ます。電通グループは2019年12月期の決算で、売上高5兆1,468億円(顧客への請求額等の総額。IFRSに準拠した開示ではなく、自主的に開示)と、収益1兆479億円を並べて示しました。収益は売上高の約5分の1(約20%)です。同社は、広告制作などの収益を、広告主から受け取る対価から原価を引いた純額、または定額・一定の報酬で計上していること、広告業以外と広告業の一部の取引は総額で表示していることを注記しています。

つまり、会社によって売上高の意味が違いうるので、「売上高が何倍」という見方は比べる相手の会計方針を確かめないと成り立ちません。自社の決算書がどちらで計上されているか、取引ごとの扱いも、売却前に整理しておきます。

取扱高が同じでも、利益が違う2社(仮の数字)

次の表は仮の数字です。実在の会社ではなく、実際の価格や相場を示すものではありません。

項目(仮の数字) A社 B社
広告取扱高 10億円 10億円
売上高(純額) 2億円 1億円
売上高÷取扱高 20% 10%
売上原価(運用担当・外注) 7,000万円 5,000万円
粗利益 1億3,000万円 5,000万円
販売費及び一般管理費 9,000万円 4,500万円
営業利益 4,000万円 500万円
営業利益率(売上高比) 20% 5%

取扱高だけで見れば、2社は同じ規模です。しかし営業利益は8倍違います。B社は取扱高の大きさを保つために、手数料率の低い取引が多い、という状況を仮定しています。買い手が見るのは、この利益が買収後も続くかです。

算定の中心は純資産と利益。取扱高は価格の算式に入らない

結論: 中小M&Aガイドライン(第3版)が示す算定方法は、純資産・類似会社の倍率・将来の利益に基づくものです。ガイドライン本文に「取扱高」という語は出てきません。

ガイドラインと、同参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」は、中小M&Aで多く用いられる方法を次のように説明しています。

方法 内容(ガイドラインの説明) この記事の2社への当てはめ(仮の数字)
簿価純資産法・時価純資産法 貸借対照表の純資産、または資産・負債を時価評価した純資産を株式価値とする 時価純資産は2社とも3,000万円と仮定
純資産+数年分の利益 純資産に、税引後利益または経常利益等の数年分を加算する場合がある。年数は通常1年〜3年で、事例ごとに異なり、交渉で決まるケースが多い 営業利益を使い1〜3年分を加算して比べる(下)
類似会社比較法(マルチプル法) 類似する上場会社の企業価値(EV)と財務指標から評価倍率を算定する。中小M&AではEV/EBITDA倍率法が多く用いられる。EBITDAは簡易的に「営業利益+減価償却費」で算定するケースが多い 倍率は仮定せず、算式の形だけ確認する
DCF法・収益還元法 将来期待されるキャッシュフローや利益から算定する(インカムアプローチ) 継続収益の見立てが前提になる

「純資産+数年分の利益」の式に、営業利益だけを当てはめた仮の計算です。参考資料2が加算する利益の例に挙げるのは税引後利益や経常利益で、ここでは2社の比較を単純にするために営業利益を使っています。

加算する年数 A社(営業利益4,000万円) B社(営業利益500万円)
1年分 3,000万円+4,000万円=7,000万円 3,000万円+500万円=3,500万円
2年分 3,000万円+8,000万円=1億1,000万円 3,000万円+1,000万円=4,000万円
3年分 3,000万円+1億2,000万円=1億5,000万円 3,000万円+1,500万円=4,500万円

取扱高は同じ10億円なのに、算式の結果は2社で2倍から3倍以上開きます(仮の数字)。これは価格ではなく、算定の出発点です。ガイドラインが述べるとおり、算出した金額がそのまま譲渡額になるとは限らず、交渉で決まります。本記事の整理では、営業利益は決算書のまま使わず、役員報酬の水準や一過性の費用を直した利益で見ます。

マルチプル法のEBITDAは、EBITDAとはで扱っています。評価の実務全体はM&Aバリュエーションの実務を参照してください。

また、同参考資料2は、倍率法は上場会社に比べて株式の流動性が低い点を考慮し、30%程度のディスカウント(非流動性ディスカウント)をするケースもあると説明しています。上場会社の倍率をそのまま中小の会社に当てはめられない理由の一つです。

利益の質が価格の幅を決める。月額契約・単発・成果報酬を分けて見る

結論: 同じ営業利益でも、毎月続く運用手数料の割合が高いほど、将来の利益を見込みやすくなります。ただし、続くかどうかは、顧客の継続と担当者の定着が前提です。

ガイドラインの三つの評価アプローチの表では、将来の収益獲得能力の反映は、インカムアプローチが最も優れ、コストアプローチは問題となるケースもあるとされています。本記事の整理では、デジタルマーケティング会社は貸借対照表に載る資産が少なく、価値の多くが将来の収益の見立てになります。そのため、収益の中身を分けて説明できることが、交渉の中心になります。

収益の種類 本記事の整理での見られ方 売り手が示す資料
月額の運用手数料 将来の利益を見込みやすい。顧客の解約と契約期間の確認が前提 顧客別の月次推移、契約期間、解約の履歴
広告費に連動する手数料(取扱高に比例) 広告主の予算の増減が、そのまま収益の増減になる 広告主別の予算推移
制作・単発の案件 毎期の受注が必要。継続の見込みを別に説明する 案件別の粗利、再注文の実績
成果報酬 変動が大きい。平均だけでなく、低い月の実績を見る 月別の成果と報酬の推移

継続収益の評価の詳しい見方は広告運用代行会社の売却価値で、顧客の集中度と担当者依存も含めて扱います。広告アカウントの管理権限や計測環境の引継ぎは広告運用会社のM&Aで広告アカウントは引き継げる?で扱います。

公開されたM&A事例は、価格の形を知る材料。価格から自社を逆算はできない

結論: 上場会社の適時開示は、取扱高・売上高・営業損益・取得価額が並んで読める貴重な事例です。ただし、そこから他社の価格を計算することはできません。

読み取れること。 売れるネット広告社グループ(東証グロース)は2026年4月30日、アドウェイズグループの中国子会社ADWAYS CHINAと香港子会社ADWAYS ASIAの株式取得を適時開示しました。開示では、対象2社の取扱高・売上高・営業損益が並んで示されています。

対象会社(2025年12月期) 取扱高 売上高 売上高÷取扱高 営業損益
ADWAYS CHINA 786百万円 506百万円 約64% ▲17百万円
ADWAYS ASIA 2,638百万円 387百万円 約15% 15百万円

2社とも、取扱高に対する売上高の比率が大きく違います。取扱高が小さいほうの会社の売上高比率が高く、取扱高だけでは収益の大きさが決まらない例です。また、この開示には、取扱高の定義は示されていません。

読み取れないこと。 この取引の取得価額は、2社とも1円でした。ほかに、デュー・ディリジェンス費用と株式価値算定費用の概算が4百万円と開示されています。ADWAYS ASIAは広告事業以外の事業を株式譲渡の実行日までに分割予定の子会社へ移す予定とされ、取得の対象となる事業の2025年12月期は、純資産4百万円、売上高284百万円、経常利益27百万円と、会社が試算した金額(監査を受けていない)が注記されています。そして開示は、負ののれん発生益を特別利益として計上する見込みと述べています。ADWAYS ASIAの取扱高は2025年12月期で26億円超ありますが、取得価額は1円です。この事例では、取扱高から価格は読み取れません。

別の形としては、メディックスが2025年9月に開示した、台湾でマーケティング支援などを行う会社の取得があります。発行済株式の76.91%を1億44百万NTD(約6億99百万円)で譲り受け、さらに対象会社の売上総利益が一定の水準に達することを条件に、追加の対価を支払う、アーンアウト方式を採りました。価格が利益の指標に連動する形もある、という例です(アーンアウトはアーンアウトとは)。

公開された事例には、次の限界があります。

  • 本記事で取り上げた2件は、いずれも上場会社の開示で、対象会社の規模や事業が自社と同じとは限らない
  • 取得価額などの開示の範囲は、事例ごとに違う
  • 対象会社の事業の一部が切り離されるなど、開示された数字が取得対象と一致しない場合がある

売却前に整える収益資料は、取扱高から営業利益までの流れが追える形にする

結論: 買い手が最初に知りたいのは、取扱高がどの経路で営業利益になるかです。次の資料があると、価格の議論が早く始まります。

資料 確認できること 準備のポイント
月次の取扱高・売上高・原価・粗利益(直近3期分) 収益力の推移と季節性 総額・純額の会計方針を書き添える
顧客別・媒体別の収益 顧客集中と、特定の媒体への依存 顧客名は伏せた形から始める
契約の種類別の収益(月額・単発・成果報酬) 収益の質 上の収益の種類の表に合わせて区分する
役員報酬・一過性の費用の調整表 買収後に続く営業利益 調整の根拠を示す
広告費の立替・媒体への支払いと、広告主からの入金の残高 運転資金と、純資産の実態 残高と回収・支払いの期日をそろえる
運用担当者ごとの担当顧客と収益 担当者への依存 個人情報は、必要な段階まで開示しない

税務や会計の判断が必要な部分は、公認会計士・税理士などの専門家に確認してください。

自社の場合を確認する 取扱高ではなく利益から自社の事業価値を見たいとき → 事業価値を確認する

まとめ

  • 広告取扱高は取引の大きさを示す数字で、売却価格を決める数字ではありません。売上高は総額か純額かで大きさが変わるため、粗利益と営業利益で比べます。
  • 中小M&Aガイドライン(第3版)の算定方法は、純資産・類似会社の倍率・将来の利益が中心で、最終的な譲渡額は当事者の合意で決まります。取扱高が同じ2社でも、営業利益が違えば算定の出発点は大きく変わります(仮の数字)。
  • 公開事例は、価格の形を知る材料です。取扱高や売上高から、自社や他社の価格を逆算することはできません。売却前には、取扱高から営業利益までの流れを追える資料を整えます。

よくある質問(FAQ)

Q1. デジタルマーケティング会社の売却相場はいくらですか? A. 単一の相場は示せません。中小M&Aガイドライン(第3版)は、簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法(マルチプル法)などで算定した金額をもとに交渉し、最終的な譲渡額は当事者が合意した金額になると説明しています。この記事では、取扱高が同じでも利益が違えば算定の出発点が大きく変わることを、仮の数字で示しています。

Q2. 広告取扱高は、企業価値の基準になりますか? A. 取扱高だけでは基準になりません。取扱高は広告主との取引の大きさを示す数字で、会社に残る利益とは別です。本記事の整理では、売上高(総額か純額か)・粗利益・営業利益を分けて見たうえで、取扱高は規模と収益率の確認に使います。取扱高の定義は会社ごとに違いうるため、定義を確認します。

Q3. 売上高が総額表示か純額表示かで、何が変わりますか? A. 同じ取引でも売上高の大きさが大きく変わります。企業会計基準委員会の適用指針第30号は、顧客に提供する前にその財やサービスを支配しているかで本人か代理人かを判定し、本人なら総額、代理人なら純額で収益を認識するとしています。比較するときは、売上高の表示方法と、粗利益・営業利益のどちらで比べているかをそろえます。

Q4. 営業利益の何年分で売れますか? A. 年数を決める決まりはありません。中小企業庁の参考資料2は、純資産に数年分の利益を加算する場合があり、その年数は通常1年から3年で、事例ごとに異なり交渉で決まるケースが多いと説明しています。年数を決める根拠は、顧客の継続性や担当者への依存など、利益が買収後も続くかどうかの見立てです。

Q5. 売却前に、買い手に見せる収益の資料は何を用意しますか? A. 月次の取扱高・売上高・原価・粗利益、顧客別・媒体別の収益、総額か純額かの会計方針、広告費の立替や支払いの残高が分かる資料が中心です。役員報酬や一過性の費用を直した利益も、根拠とあわせて用意します。会計方針や税務の判断は、公認会計士・税理士などの専門家に確認してください。

Q6. 公開されているM&A事例の価格は、自社の参考になりますか? A. そのままは参考になりません。本記事で取り上げた事例はいずれも上場会社の開示で、開示の範囲も事例ごとに違います。開示された事例でも、対象会社の事業の一部が切り離されていたり、価格が1円だったりと、取扱高や売上高から価格を逆算できない例があります。事例は、価格の形や確認項目を知る材料として読みます。

出典

  • 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
  • 同 参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」 https://www.meti.go.jp/files/900016261.pdf
  • 企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準適用指針第30号『収益認識に関する会計基準の適用指針』」 https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=14
  • 株式会社電通グループ「2019 年 12 月期連結決算(IFRS)および剰余金の配当に関するお知らせ」(2020年2月13日) https://www2.jpx.co.jp/disc/43240/140120200213463825.pdf
  • 売れるネット広告社グループ株式会社「年間取扱高「33億円」の中国デジタルマーケティング会社「ADWAYS CHINA」及び「ADWAYS ASIA」“株式譲渡契約締結(子会社化)”に関するお知らせ」(2026年4月30日) https://www2.jpx.co.jp/disc/92350/140120260428514027.pdf
  • 株式会社メディックス「株式の取得(台湾STAグループの子会社化及び孫会社化)に関するお知らせ」(2025年9月4日) https://www.medix-inc.co.jp/news/detail/release_20250904/

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