この記事の目次
売上の大半が、ハウスメーカーや元請1〜2社の仕事。塗装会社の売却案件では、よく見る姿です。買い手が知りたいのは、その取引が買収の後も続くのか、続かない場合に利益がどれだけ減るのかです。この記事は、その判断を元請別の粗利、契約、承諾の3点から組み立てます。
この記事の結論
- 元請への売上の偏りは、割合ではなく、失ったときの利益で測ります。 元請別の売上と粗利を出し、離脱した場合の営業利益を試算します。
- 取引が続く根拠は、契約書面・承諾・社長との関係の3つで確かめます。 標準の下請契約約款には、次の工事の発注を約束する定めはありません。
- 確かめきれない部分は、価格・契約条件・支払時期に分けて織り込みます。 元請へ伝える時期は、承諾が要るかどうかで決めます。
この記事の対象:元請・ハウスメーカーからの受注が売上の中心の塗装会社(外壁塗装を含む)の買収を検討している方。売り手として、買い手に何を問われるかを知りたい方にも使えます。
塗装会社の買収全体の論点は、塗装工事会社のM&A DATAにまとめています。この記事は、そのうち主要取引先との関係だけを深く扱います。完成済みの工事の補修責任は塗装会社 買収 工事保証で、価格の全体像は外壁塗装会社の売却相場で扱っています。
偏りの大きさは割合では決まらず、元請別の粗利と離脱時の利益で測る
結論: 売上の何割が危険かを示す公的な基準は、確認できていません。割合で線を引かず、元請ごとの粗利と、その元請を失ったときの利益の変化で見ます。
中小PMIガイドラインは、企業概要書などを確認して売上が特定の取引先に集中している場合は、トップ面談の段階から確認するとしています。何割以上が危険かという数字は示していません。そこで本記事の整理では、売り手に次の資料を求め、元請別に並べます。
| 見る項目 | 何が分かるか | 求める資料 |
|---|---|---|
| 元請別の売上(直近3期) | 偏りの大きさと、増えているか減っているか | 売上の内訳、請求書の一覧 |
| 元請別の粗利 | 売上が大きくても利益が薄い取引かどうか | 工事別の原価と粗利の一覧 |
| 受注の頻度と継続年数 | 単発の大口か、繰り返し発注される関係か | 年ごとの受注件数、取引開始時期 |
| 単価の推移 | 値下げの圧力を受けていないか | 単価表、見積書の履歴 |
| 契約書面の有無 | 取引条件が文書で確認できるか | 基本契約書、注文書・請書 |
| 窓口になっている人 | 会社と元請の関係か、個人と担当者の関係か | 担当者名の一覧(買い手だけが見る資料) |
元請別の粗利を見る理由は、国土交通省の建設業法令遵守ガイドラインが、注文者が取引上の地位を不当に利用して通常必要な原価に満たない請負代金を定めることを、建設業法第19条の3で禁じていると説明しているためです。売上が大きい元請の仕事ほど、利益が薄い可能性があります。薄い利益の取引に頼っているなら、離脱の痛手は小さく見えても、残る利益の源泉が別にあるかを確かめる必要があります。
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 元請の売上が大きいので、評価が高い会社だと見る | 元請別の粗利を出し、利益の源泉がどこにあるかを見る |
| 売上の4割が元請1社なので、一律に減額する | 離脱した場合の利益を試算して、減額の幅を決める |
| 売り手の「長年の付き合いです」という説明を、そのまま前提にする | 受注の頻度と契約書面で、関係が続いてきた事実を確かめる |
契約には次の発注を保証する定めがなく、継続の根拠は書面と承諾の条件で確かめる
結論: 個々の工事の契約があっても、次の工事の発注は約束されていません。続く根拠は、基本契約の有無と、買収の形式ごとの承諾の条件で確かめます。
国土交通省の建設業法令遵守ガイドライン(第12版)に収められた建設工事標準下請契約約款は、元請負人が、工事が完成しない間に必要があるときは契約を解除できると定め、その場合に下請負人へ損害を与えたときは賠償するとしています(第36条)。この約款は標準の書式で、実際の契約書の定めは異なりえます。ただ、標準の書式の発想は、工事ごとの請負契約を積み重ねるもので、将来の発注を保証するものではありません。取引が続いてきた実績が、継続の根拠の中心になります。
次に、買収の形式ごとに、元請の承諾が要るかを整理します。
| 買収の形式 | 契約の当事者 | 元請の承諾 | 確認すること |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 会社のまま変わらない | 民法上の承諾は不要(本記事の整理)。COC条項があれば協議が要る | 基本契約などにCOC条項がないか。あれば解除権の内容 |
| 事業譲渡 | 買い手の会社に移る | 契約上の地位の移転に、相手方の承諾が必要(民法第539条の2) | 承諾を得る契約と、結び直す契約の仕分け |
中小M&Aガイドラインは、チェンジ・オブ・コントロール(COC)条項を、株主の異動や支配権の変動などにより契約の相手方に解除権が発生することなどを定める条項と説明しています。例として取引基本契約も挙げています。株式譲渡で会社が同じでも、基本契約にこの条項があれば、株主が変わることで元請が契約を解除できる可能性があります。
事業譲渡では、建設工事標準下請契約約款の第5条(A)が、元請負人と下請負人は、相手方の書面による承諾を得なければ、契約から生じる権利または義務を第三者に譲渡し、または承継させられないと定めています。承諾が得られなかった契約は、買い手が元請と新しく契約を結び直すことになり、その元請が応じるかは、先方の判断になります。許認可の承継は外壁塗装会社の売却相場で扱っているため、ここでは取引先との契約に絞っています。
契約書面そのものも確認します。ガイドラインは、下請工事に関し書面による契約を行わなかった場合や、基本契約書を取り交わさず契約約款を添付せずに注文書と請書のみで契約した場合を、建設業法第19条第1項に違反する行為事例として挙げています。また、一般的に元請負人のほうが取引上の立場が強く、下請負人からは契約書面の取り交わしを申し出にくいとも述べています。書面が薄い取引は、違反の疑いがあるだけでなく、取引条件を後から示す根拠も乏しいことになります。個別の適否は、弁護士に確認してください。
社長個人の関係で成り立つ受注は、会社の取引としては薄く見積もる
結論: 元請との関係が社長の人柄や個人の付き合いで成り立っているなら、社長が退いた後の取引は、会社のものとして数えられません。
中小PMIガイドラインは、取引先への対応の失敗例を挙げています。そのうちの1つが、譲渡側経営者が経営しているからこそ取引してもらっていた取引先で、M&A成立後に少しずつ疎遠になり、半年後に取引を停止されたものです。同じ失敗例には、取引先別の損益が赤字の取引先の条件を改善しようとして、過去の交渉の経緯や口頭の約束を聞いていなかったため、交渉が難航した例もあります。
そこで、元請との関係がどこに紐づいているかを、次の3つに分けて見ます(本記事の整理)。
| 関係の置き場所 | 見分け方 | 見立て |
|---|---|---|
| 会社 | 複数の担当者・職人が元請の現場に入っている。契約書面と評価の記録がある | 引継ぎの計画次第で、続く可能性が高い |
| 社長個人 | 受注の連絡が社長の携帯に来る。元請の担当者と社長が長い付き合い | 引継ぎ期間の長さと、社長の協力が条件 |
| 特定の職人 | 元請が、特定の職人の仕上がりを指名している | その職人が残るかが条件。雇用の継続を確かめる |
中小PMIガイドラインは、主要取引先の引継ぎでは、取引条件や取引の経緯を把握するため、主要取引先と最も強い関係性を持つ譲渡側の人物(例:譲渡側経営者)の協力を得るとしています。明文化された条件だけでなく、背景や経緯、暗黙の取決めも、関係者へのヒアリングで把握するとしています。買い手は、売り手の社長が最終契約の後に、元請の訪問へ同行し、引継ぎに協力する期間と内容を、契約に書けるかを確かめます。
職人の個人の技能が関係を支えている場合は、一級塗装技能士の評価で扱う、有資格者の在籍と定着の確認とあわせて見ます。
元請へ伝える時期は、承諾が要る契約があるかで決める
結論: 秘密保持の面では、関係者への連絡はクロージング後が原則です。ただし、承諾やCOC条項の協議が必要な元請は、成立前に動く必要があります。
中小M&Aガイドラインは、最終契約の締結前に極秘に伝えるのは親族や幹部役員などごく一部とし、それ以外の関係者には、原則として可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるべきとしています。取引先や従業員に情報が伝わった後にM&Aが頓挫すると、取引先の喪失や従業員の退職など、従前の事業活動の継続に支障を来すおそれがあるためです。
一方で、中小PMIガイドラインは、M&Aにより主要な取引先との継続取引が解消されて事業継続に影響を与える可能性がある場合は、譲渡側経営者とよく相談したうえで、必要に応じて成立前(基本合意後〜クロージング前)に訪問し、説明するとしています。成立前に訪問する場合は、情報流出リスクや信用不安を招くおそれがあるため、時期を慎重に決めるとしています。
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 元請に黙ったまま事業譲渡を進め、クロージング後に承諾を頼む | 承諾が要る契約を先に洗い出し、成立前に説明する元請を決める |
| 全ての取引先に早い時期から伝える | 成立前に伝える先を、主要な元請に絞る。他は成立後の挨拶文で伝える |
| 買い手だけで元請を訪問する | 元請と最も強い関係を持つ売り手の社長と一緒に説明する |
| 説明の中身を決めないまま訪問する | 決まっていることと検討中のことを分けて、取引への影響の見立てを伝える |
説明する内容として、中小PMIガイドラインは、M&Aの背景と目的、現在の検討状況と想定スケジュール、実施後に想定する取引への影響、取引先への協力依頼、取引先からの依頼事項の確認を挙げ、確定事項と今後検討する事項を区別して説明するとしています。
離脱を仮の数字で試算し、見込める分は価格に、残る不安は条件に分ける
結論: 元請が減ったり離れたりした場合の営業利益を先に出し、その幅を、価格・契約条件・支払時期の3つに振り分けます。
次の数字は、試算のための仮のものです。実際の数字は、元請別の資料から出してください。
- 年間売上:1億円
- 元請Aの売上:4,000万円(全体の40%)
- 元請Aの案件の粗利益率:25%
- 会社全体の営業利益:800万円
- 前提:元請Aの仕事が減った分の材料費・外注費は減るが、社員職人の給与や足場などの固定費は変わらない。ここでの粗利益率は、売上から材料費・外注費だけを引いた残りの率とする(工事原価に社員職人の労務費などを含めて粗利を出している場合は、離脱の影響はこの試算より大きくなる)
| 場面 | 計算 | 営業利益 |
|---|---|---|
| 元請Aが続く | 4,000万円の売上が維持される | 800万円 |
| 元請Aの発注が半分に減る | 粗利益 2,000万円×25%=500万円の減少 | 300万円 |
| 元請Aが離脱する | 粗利益 4,000万円×25%=1,000万円の減少 | マイナス200万円(赤字) |
| 元請Aは続くが、単価を5%下げられる | 4,000万円×5%=200万円の減少 | 600万円 |
この例では、元請Aの売上は4割でも、離脱すると営業利益が赤字になります。実際には、職人の配置の見直しなどで固定費を調整できる場合もあるため、固定費の動かしやすさも、売り手に確認します。
試算した幅は、次のように振り分けます(本記事の整理)。
| 方法 | 向く負担 | 注意 |
|---|---|---|
| 価格に織り込む | 試算で見込める離脱・値下げの分 | 売り手の合意が必要。何割を見込むかを根拠とともに示す |
| 契約条件にする | クロージングまでに分かる事実(元請の承諾、COC条項の放棄、元請から受注の意向を示す書面など) | 条件を満たさない場合の扱い(価格の調整、契約の解除)を決めておく |
| 支払時期を分ける | 成立後しばらくしないと分からない分(引継ぎ後の受注) | 代金の一部をずらす条件と、判定する期間・基準を契約に書く |
中小M&Aガイドラインは、表明保証条項が、譲り渡し側が一定の事項について真実かつ正確であることを表明し保証する条項で、違反した場合の補償を通じて、潜在的なリスクを分ける機能があると説明しています。元請別の売上や、取引の解除の通知を受けていないことなどを表明保証の対象にする方法もあります。どの条件を入れるか、税務上の扱いはどうなるかは、個別の事情で変わるため、弁護士・税理士・公認会計士などに確認してください。
買収後は、不利な取引条件の元請に対し、すぐに是正を求めると関係が悪化するおそれがあると、中小PMIガイドラインは述べています。値上げの交渉は、見積条件や契約書面を整えながら進める必要があります。
まとめ
- 元請への偏りは、割合ではなく、元請別の粗利と、離脱したときの営業利益で測ります。
- 取引が続く根拠は、契約書面、承諾の要否(株式譲渡はCOC条項、事業譲渡は相手方の承諾)、社長や特定の職人への依存で確かめます。標準の下請契約約款には、元請の解除権があります。
- 試算した幅は、価格・契約条件・支払時期に分けます。元請へ伝える時期は、承諾が要る契約があるかで決めます。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 塗装会社の売上のうち、元請1社が何割を超えると危険ですか? A. 公的な資料で確認できた危険水準はありません。そのため、何割からと線を引くことはしません。中小PMIガイドラインは、売上が特定の取引先に集中している場合は、トップ面談の段階から確認するとしています。割合そのものより、その元請を失ったときの粗利益と固定費で、会社の利益がどう変わるかを試算して判断します。
Q2. 株式譲渡なら、元請の承諾は要りませんか? A. 本記事の整理では、株式譲渡は契約の当事者である会社が変わらないため、民法第539条の2が定める契約上の地位の移転にはあたらず、民法上の承諾は要らないと考えます。ただし、中小M&Aガイドラインが説明するチェンジ・オブ・コントロール(COC)条項が基本契約などにあると、株主の異動で相手方に解除権が生じることがあります。契約書の条項を確かめ、個別の要否は弁護士に確認してください。
Q3. 事業譲渡で元請との契約を引き継ぐには、何が要りますか? A. 契約上の地位を移すには、相手方(元請)の承諾が必要です(民法第539条の2)。建設工事標準下請契約約款の第5条も、権利義務の譲渡や承継に、相手方の書面による承諾を求めています。承諾が得られない契約は、買い手が新たに契約を結び直す形になります。
Q4. 元請は、契約があれば途中でやめられませんか? A. 契約の内容によります。国土交通省の建設業法令遵守ガイドラインに収められた建設工事標準下請契約約款は、元請負人が工事の完成前に必要があるときは契約を解除できると定めています(第36条)。その場合、下請負人に損害を与えたときは賠償するとされています。つまり、標準の書式では、個々の工事の契約があっても、次の工事の発注は約束されていません。実際の契約書は、写しで確認します。
Q5. 売上が元請に偏っている塗装会社は、買わないほうがよいですか? A. 一概には言えません。偏りの大きさだけでなく、その取引が会社に紐づいているか、契約や記録が残っているか、失ったときの影響を価格や条件で吸収できるかを見ます。偏りがあっても、取引の継続が確かめられ、離脱時の影響を織り込めるなら、検討の余地はあります。
Q6. 買い手から元請に、M&Aのことをいつ伝えますか? A. 時期は案件ごとに決めます。中小M&Aガイドラインは、関係者への連絡は原則として可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)としています。一方で中小PMIガイドラインは、M&Aで主要取引先との継続取引が解消されて事業継続に影響しうる場合は、譲渡側経営者とよく相談したうえで、成立前に訪問して説明することも挙げています。承諾が必要な契約があるかで分けて考えます。
免責
本記事は、一般的な情報提供を目的としたもので、個別の法律・税務の助言ではありません。契約条件や承諾の要否は、個別の契約書の内容で変わります。判断が必要な場合は、弁護士・税理士・公認会計士などの専門家に確認してください。法令・ガイドラインは2026年10月18日時点の内容を確認しています。
出典
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」(令和6年8月) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン~中小M&Aを成功に導くために~」(令和4年3月) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
- 国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン(第12版)―元請負人と下請負人の関係に係る留意点―」(令和8年1月)(「建設工事標準下請契約約款」を含む) https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001979927.pdf
- 民法(明治二十九年法律第八十九号)第539条の2 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 建設業法(昭和二十四年法律第百号)第19条・第19条の3 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC0000000100