この記事の目次
塗装会社を買うとき、決算書に載らないのが、過去に施工した工事の補修責任です。売り手の時代に塗った外壁が、買収後に剥がれた、雨漏りした、というクレームが来たとき、誰が直すのか。この記事は、その責任の所在、続く期間、洗い出し方、見積もり方を、一次資料の範囲で整理します。
この記事の結論
- 補修責任の所在は、買い方で変わります。 株式譲渡では会社に残るので、買い手が実質的に負担します。事業譲渡では契約ごとに引き継ぎが決まり、商号を続けて使うと弁済責任が生じることがあります。
- 責任期間は、契約書と保証書で決まります。 民法は通知期限を1年、標準約款は引渡しから2年としていますが、工事ごとに確かめます。
- 見積もりは、対象工事の件数・発生率・補修費で組みます。 数字は対象会社の補修履歴から取り、価格・表明保証・支払時期に分けて織り込みます。
この記事の対象:塗装会社(外壁塗装を含む)の買収を検討している方。売り手として、買い手に何を問われるかを知りたい方にも使えます。
塗装会社の収益構造や相場、DDの全体像は、塗装工事会社のM&A DATAにまとめています。この記事は、そのうち過去の施工に残る補修責任だけを深く扱います。価格の決まり方は外壁塗装会社の売却相場、買い手の種類は塗装会社のM&A・売却事例を参照してください。
株式譲渡では補修責任が会社に残り、事業譲渡では契約ごとに引き継ぎが決まる
結論: 過去の工事の補修責任は、施主と請負契約を結んだ会社に付いています。買い方によって、その会社を丸ごと買うのか、契約を選んで買うのかが変わります。
| 買い方 | 請負契約の当事者 | 補修責任の所在(本記事の整理) | 確認すること |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 会社のまま変わらない | 会社に残る。買い手は会社の株主として負担を引き継ぐ | 過去の工事の全件。簿外の補修負担 |
| 事業譲渡 | 引き継ぐ契約だけ譲受会社に移る | 引き継がない契約は売り手に残るのが原則。移す契約は譲受会社が負う | どの契約を移すか。施主の承諾。商号を続けるか |
根拠は次の3つです。
- 株式譲渡: 中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、株式譲渡では譲り渡し側の法人格に変動がないため、簿外債務・偶発債務のリスクが比較的高くなりやすく、より詳細なデュー・ディリジェンスが実施される傾向にあるとしています。
- 事業譲渡: 同ガイドラインは、事業譲渡では承継対象の財産を選べるため、簿外債務・偶発債務のリスクを比較的遮断しやすいとしています。ただし、契約上の地位を第三者に移すには、契約の相手方(施主)の承諾が必要です(民法第539条の2)。
- 商号の続用: 譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合は、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います(会社法第22条第1項)。事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合は、この責任は生じません。譲受会社と譲渡会社から第三者へその旨を通知した場合も、通知を受けた第三者に対しては同様です(同条第2項)。
補修義務や補修費の賠償が、会社法第22条の「事業によって生じた債務」に当たるかどうかは、個別の事情で判断が分かれます。商号を引き続き使う予定がある事業譲渡は、契約前に弁護士へ確認してください。
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 事業譲渡だから、過去の工事の責任は売り手に残ると決めつける | 商号を続けて使うか、施主から承諾を得て契約を移すかを確かめ、責任の行き先を契約に書く |
| 株式譲渡なのに、決算書が黒字なので補修負担は織り込み済みと見る | 決算書に出ない補修負担を、過去の工事の件数と補修履歴から別に見積もる |
| 売り手の「うちはクレームがない」という説明を前提にする | 補修の依頼を受けた記録、対応した記録、費用の記録を見せてもらう |
補修責任が続く期間は、契約書と保証書で決まり、民法と標準約款は目安になる
結論: 期間の目安はありますが、実際の期間は工事ごとの契約書と保証書の文面で決まります。全部の書面を集めてから、期間を一覧にします。
| 根拠 | 内容 | 注意 |
|---|---|---|
| 民法第637条 | 請負の目的物が種類・品質について契約の内容に適合しないとき、注文者が不適合を知った時から1年以内に請負人へ通知しないと、追完請求・報酬減額・損害賠償・解除ができなくなる。引渡し時に請負人が不適合を知っていた、または重大な過失で知らなかったときは適用されない | 通知の期限であり、保証の期間そのものではない |
| 民法第166条 | 債権は、権利を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年で、時効により消滅する | 上の通知を満たしたうえで、請求できる期間の外枠になる |
| 民間建設工事標準請負契約約款(乙)第35条 | 発注者は、引渡しを受けた日から2年以内でなければ、契約不適合を理由とした追完請求・損害賠償請求・代金減額請求・解除ができない。建築設備の機器本体、室内の仕上げ・装飾、家具、植栽などは、引渡し時に発注者が検査して直ちに請求しなければ責任を負わない。ただし、その検査で一般的な注意の下で発見できなかった不適合は、引渡しから1年が経過する日まで請求できる。受注者に故意または重大な過失があるときは、この約款の定めは適用されず民法による | 約款(乙)は個人住宅建築等の民間小規模工事の標準書式。契約書がこれを使っているとは限らない |
| 住宅の品質確保の促進等に関する法律第94条 | 住宅を新築する建設工事の請負契約で、構造耐力上主要な部分と雨水の浸入を防止する部分は、引渡しから10年 | 新築の請負契約が対象。塗り替えは対象外と読む(本記事の整理) |
確認すべき点は3つあります。
- 契約書と保証書は別の書面かもしれません。 保証書や独自の保証を出している会社なら、期間と範囲はその文面で決まります。請負契約書と保証書を別々に集めます。
- 補修を引き受けた時点で、新しい約束が生まれることがあります。 補修の際に延長や再施工を約束していないか、対応の記録で確かめます。
- 改正された約款を確認します。 国土交通省は、民間建設工事標準請負契約約款(甲)(乙)を令和7年12月2日に改正し、同年12月12日に施行すると公表しています。上の(乙)の内容は、この改正後の版で確認しました。
潜在負担は、保証書・請負契約・補修履歴の3種類の書類から洗い出す
結論: 補修負担は、決算書では見えません。いつ、どこで、どんな保証を約束した工事が何件あるかを、書類から組み立てます。
| 書類 | 何が分かるか | 見るポイント |
|---|---|---|
| 請負契約書 | 責任期間、保証の内容、保険その他の措置の有無 | 建設業法第19条は、不適合を担保すべき責任や、その履行に関する保証保険契約の締結その他の措置について定めるときは、その内容を契約書に記載するとしている |
| 保証書 | 会社が独自に約束した期間と範囲 | 契約書より長い期間や広い範囲を約束していないか |
| 補修の依頼・対応の記録 | 過去に補修が必要になった工事の件数と費用 | 原因(下地、塗料、施工、経年)が記録されているか |
| 未解決のクレーム | これから発生する負担 | 売り手が対応中のもの、交渉中のもの |
| 完成図・打合せ記録 | 工事の仕様と、施主との約束の内容 | 建設業法施行規則第26条第5項の図書。完成図・打合せ記録の保存が定められているのは、発注者から直接請け負った工事(元請)の場合 |
建設業許可を受けた建設業者は、営業所ごとに帳簿を備え、その営業に関する図書とあわせて保存する義務があります(建設業法第40条の3)。保存期間は、建設業法施行規則第28条が、請け負った建設工事ごとに、目的物の引渡しをしたときから、帳簿とその添付書類は5年間(発注者と締結した住宅を新築する建設工事は10年間)、完成図などの図書は10年間と定めています。帳簿には、請負契約書の写しを添付する定めもあります(同規則第26条第2項)。つまり、責任期間の範囲内の工事については、許可業者であれば、契約書の写しなどが営業所に残っている想定で、DDで見せてほしいと求める根拠になります。
リフォーム瑕疵保険に加入した工事があれば、保険証券も集めます。住宅保証機構(まもりすまい)のリフォーム保険は、保険期間を、雨水の浸入を防止する部分の防水性能などは5年間、それ以外の部分は1年間としています。また、事業者が倒産などで責任を履行できないときは、発注者へ直接保険金が支払われる仕組みです。保険の対象になる工事は、買い手の負担を一部、保険に移せる可能性があります。保険ごとに条件が異なるため、対象の範囲と免責の内容は、保険法人の資料で個別に確認します。
見積もりは、対象工事の件数・発生率・補修費を掛け合わせ、仮の数字で幅を見る
結論: 補修負担の見込みは、責任期間内に引き渡した工事の件数に、補修が必要になる割合と、1件あたりの補修費を掛けて出します。割合と費用は、対象会社の実績から取ります。
公的に確認できる、塗装工事の平均的な補修発生率や、1件あたりの補修費は、今回の調査では見つかっていません。そのため、この記事では一般的な数字を示さず、次の計算の型だけを示します。以下の数字は、すべて説明用の仮の数字です。
仮の前提:
- 責任期間内(直近2年)に引き渡した工事が120件。
- 過去3年の補修実績が、工事200件に対して6件(発生率3%)。
- 補修1件あたりの平均費用が15万円(外注費、自社職人の工数、足場の再設置が必要な場合はその費用を含む)。
| ケース | 計算 | 補修負担の見込み |
|---|---|---|
| 基本 | 120件 × 3% = 3.6件 × 15万円 | 54万円 |
| 同じ原因で件数が増える(発生率10%) | 120件 × 10% = 12件 × 15万円 | 180万円 |
| 基本に大型の漏水が1件加わる(補修費400万円) | 54万円 + 400万円 | 454万円 |
この表から、読み取れることが2つあります。
- 件数より、ばらつきが効きます。 平均的な発生率が低くても、同じ塗料・同じ職人・同じ時期の工事に共通の原因があれば、まとめて発生しえます。補修履歴は、原因と時期で並べ替えて見ます。
- 自社職人の工数は、費用として見えにくくなります。 補修を自社の職人が行っていると、外注費として記録に残りません。1件あたり何人日かかったかを聞き取り、費用に含めます。
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 過去の補修件数が少ないので、今後もゼロに近いと見る | 責任期間内の工事の件数に、補修の発生率を掛けて見込みを出す |
| 平均の補修費だけで見積もる | 大型の漏水が1件出た場合も別に試算して、幅を見る |
| 自社の職人の工数を費用に入れない | 補修1件あたりの人日を聞き取り、人件費相当を入れる |
見積もった補修負担は、価格・表明保証と補償・支払時期の3つで分ける
結論: 補修負担は、見込める分を価格に織り込み、見込めない分を契約で売り手に残し、確定するまで支払いを待つ、という分け方があります。
| 方法 | 向く負担 | 注意 |
|---|---|---|
| 価格に織り込む | 試算で見込める分(基本ケース) | 価格が下がることを、売り手と話し合う必要がある |
| 表明保証と補償条項 | 見込めない分(買収前の工事に起因する、追加の補修負担) | 期間と責任上限を決めておく |
| 支払時期・方法 | 責任期間が終わるまで確定しない分 | 代金の一部の支払時期をずらす場合は、条件を契約に書く |
中小M&Aガイドラインは、表明保証条項を、一定の事項について真実かつ正確であることを表明し保証する条項で、譲り渡し側が違反した場合に、補償を通じて潜在的なリスクを分ける機能があると説明しています。一方で、表明保証の期間や責任上限が設定されていないと、譲り渡し側が過大な責任を負い、争いが生じるリスクがあるとも指摘しています。適切な範囲は、DDの結果を踏まえ、問題が顕在化する可能性や影響の大きさを見て、譲渡対価に織り込まれているかを勘案しながら、双方が認識をすり合わせることが重要だとしています。
補修負担については、たとえば、次のような点を契約で決めておくことが考えられます(本記事の整理)。
- 表明保証の対象(買収日までに引き渡した工事に、売り手が把握している未解決のクレームがないこと、など)
- 補償の期間(責任期間に合わせるか)と上限額
- 補修の対応方法(売り手の職人が対応するか、買い手が対応して費用を請求するか)
- 買収後に買い手が行った補修のうち、買収前の施工に起因する分の判断基準
ガイドラインは、表明保証違反による損害を填補する表明保証保険にも触れています。保険を使う場合は、一般的に、DDの結果を報告したDDレポートなどを提出して引受審査を受ける必要があるとされています。どの条件を契約に入れるか、税務上の扱いはどうなるかは、個別の事情で変わります。弁護士・税理士・公認会計士などに確認してください。
まとめ
- 補修責任は、施主と請負契約を結んだ会社に付いています。株式譲渡では買い手が実質的に引き継ぎ、事業譲渡では契約ごとの引き継ぎと、商号の続用の有無で変わります。
- 責任期間は、民法の通知期限(1年)や標準約款(引渡しから2年)が目安ですが、実際は工事ごとの契約書と保証書で決まります。契約書、保証書、補修の記録、未解決のクレームを集めて確かめます。
- 見積もりは、対象工事の件数・発生率・補修費で組み、仮の数字で幅を見ます。見込める分は価格に、見込めない分は表明保証と補償に、確定しない分は支払時期に分けて織り込みます。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 塗装会社を株式譲渡で買うと、売り手の時代に施工した工事の補修責任はどうなりますか? A. 本記事の整理では、株式譲渡は施主との請負契約の当事者である会社が変わらないため、過去の工事の補修責任も会社に残ります。つまり、株式を買った買い手が、実質的に負担を引き継ぎます。中小M&Aガイドラインも、株式譲渡は法人格に変動がないため、簿外債務・偶発債務のリスクが比較的高くなりやすいとしています。
Q2. 事業譲渡なら、売り手の時代の工事の補修責任は引き継がなくて済みますか? A. 一概には言えません。契約上の地位の移転には、相手方(施主)の承諾が必要です(民法第539条の2)。引き継がない契約の責任は売り手に残るのが原則的な整理ですが、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合は、会社法第22条により、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うことがあります。補修義務がこの債務に当たるかは個別の判断なので、弁護士に確認してください。
Q3. 補修責任は、工事の引渡しからいつまで続きますか? A. 契約書の定めで決まります。民法は、請負の目的物が契約の内容に適合しないとき、注文者が不適合を知った時から1年以内に通知しないと権利を失うと定めています(第637条)。中央建設業審議会が決定した民間建設工事標準請負契約約款(乙)は、引渡しから2年以内としています。ただし、これは標準の書式で、実際の契約書や保証書の期間は工事ごとに異なりえます。
Q4. 住宅の品質確保の促進等に関する法律の10年保証は、外壁の塗り替えにも当てはまりますか? A. 同法第94条は、住宅を新築する建設工事の請負契約について、構造耐力上主要な部分と雨水の浸入を防止する部分を10年とするものです。本記事の整理では、既存住宅の塗り替え工事は新築の請負契約ではないため対象外と読みます。新築工事の下請として塗装を担当した工事は、元請との契約を確認してください。
Q5. 補修責任の大きさは、買収前にどうやって見積もりますか? A. 責任期間内に引き渡した工事の件数、過去にその工事で補修が必要になった割合、1件あたりの補修費の3つを、対象会社の実績で出します。公的に確認できる平均の発生率や補修費は見つかっていないため、一般的な数字を当てはめず、対象会社の補修履歴から求めます。仮の数字で、発生率が上振れした場合や大型の漏水が1件出た場合も試算しておきます。
Q6. 見積もった補修負担は、契約でどう扱えばよいですか? A. 価格に織り込む、表明保証と補償条項で売り手に残す、支払時期をずらす、といった方法があります。中小M&Aガイドラインは、表明保証の期間や責任上限が設定されていないと争いのもとになるとしています。どの条件を入れるかは個別の事情で変わるため、弁護士に確認してください。
免責
本記事は、一般的な情報提供を目的としたもので、個別の法律・税務の助言ではありません。契約条件や責任の範囲は、個別の事情で変わります。判断が必要な場合は、弁護士・税理士・公認会計士などの専門家に確認してください。法令・約款は2026年10月18日時点の内容を確認しています。
出典
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」(令和6年8月) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
- 民法(明治二十九年法律第八十九号)第166条・第539条の2・第637条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 会社法(平成十七年法律第八十六号)第22条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 建設業法(昭和二十四年法律第百号)第19条・第40条の3 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC0000000100
- 建設業法施行規則(昭和二十四年建設省令第十四号)第26条・第28条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/324M50004000014
- 住宅の品質確保の促進等に関する法律(平成十一年法律第八十一号)第94条 e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0000000081
- 国土交通省「建設工事標準請負契約約款について」 https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bt_000092.html
- 国土交通省 中央建設業審議会「民間建設工事標準請負契約約款(乙)」(令和7年12月2日改正) https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001331104.pdf
- 住宅保証機構株式会社「商品概要|まもりすまいリフォーム保険」 https://www.mamoris.jp/refo/about/