この記事の目次
- この記事の結論
- 表明保証は、民法の定めに頼らず、確かめた事実を契約書に残すための仕組み
- 売上・広告収益・アクセスは、期間・資料・算定方法を指定して「真実かつ正確」と書く
- 記事・画像・ドメイン・アカウントの権利は、売り手が持っていて移せることを表明させる
- 未払金・税務・係争・規約違反は、帳簿に載らない債務を「ない」と言わせる
- 違反時の補償は、上限・期間・少額切捨てを空欄にせず、数字は案件ごとに決める
- 代金の払い方は、確認が終わってから渡す形にできるが、後払いにも不履行のリスクがある
- 売上が落ちたときの争いは、売り手の行為と買い手の運営を切り分けられる記録が決める
- 契約前の確認事項は、売り手の資料一式と、買い手の突合の2列にそろえる
- まとめ
- よくある質問(FAQ)
- 出典
サイトを買う人は、売り手が見せた売上やアクセスの数字を見て値段を決めます。ところが契約書にその数字が真実だと書いていなければ、後で数字が違っていても、請求の根拠を示しにくくなります。一方で、何でも書けば守られるわけでもありません。この記事は、確かめた事実を契約書の一文にする手順と、違反したときの補償を空欄にしない理由を整理します。
この記事の結論
- 表明保証は、DDで確かめた事実を契約書の一文にして、違っていたときの負担を決める仕組みです。 確かめていない事実や、買収後の売上の維持までは、約束の対象にしにくいです(本記事の整理)。
- 売上・アクセス、権利、未払金・係争・規約違反の区分ごとに、「いつの数字を、どの資料に基づいて」まで書きます。
- 補償の上限・期間・少額切捨ては、空欄にしません。 数字は案件ごとに決めるもので、本記事は目安の数字を示しません。
この記事の対象:Webメディア・情報サイトなどのサイトを、売る・買う契約の段階にいる方。
Webメディア全体のデューデリジェンスの論点は、WebメディアのM&A DATAにまとめています。この記事は、確かめた結果を契約書にどう落とすかだけを扱います。記事・画像の権利の確かめ方はWebサイト 売却 著作権、検索流入の見方はWebメディア 買収 SEOリスクが扱っています。
表明保証は、民法の定めに頼らず、確かめた事実を契約書に残すための仕組み
結論: 売上の数字が「契約の内容」に入っているかは、契約書の書き方で決まります。買い手が価格の根拠にした事実は、表明保証として書いておくほうが、請求の根拠を示しやすくなります。
中小M&Aガイドライン(第3版)の用語集は、表明保証条項を、契約の一方当事者が他方当事者に対し、一定の時点(一般的には最終契約締結時とクロージング時)において、事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証する条項と説明しています。違反に基づく損害賠償や契約の解除といった補償等の規定も、設けられることが通常とされています。譲り渡し側が表明保証に違反した場合に、譲り受け側に生じた損害について補償等を行うことで、契約当事者間の潜在的なリスクの分担を図る機能を持つ、という位置づけです。
民法にも、売買の目的物が契約の内容に適合しない場合の定めがあります。
| 論点 | 民法の定めに任せた場合 | 表明保証と補償を契約に書いた場合 |
|---|---|---|
| 何が基準か | 引き渡された目的物が種類・品質・数量について、契約の内容に適合するか(562条1項)。権利の場合は565条が準用 | 条文で特定した事実が、指定した時点で真実かつ正確か |
| 買い手が求められること | 履行の追完(562条)、代金の減額(563条)、損害賠償・解除(564条) | 補償条項に定めた範囲の補償。契約の解除事由も契約で定める |
| 通知の期限 | 種類・品質の不適合は、知った時から1年以内に通知(566条)。売主が引渡し時に知り、または重大な過失で知らなかった場合を除く | 契約で定めた請求期間と通知の方法 |
| 売主の責任を軽くする特約 | 責任を負わない旨の特約をしても、知りながら告げなかった事実などは免れない(572条) | 上限・期間・少額切捨てなどを契約で定める |
民法のこれらの定めは、売買以外の有償契約にも、契約の性質が許さない場合を除いて準用されます(559条)。サイトの譲渡がどの契約類型に当たるかは契約内容で変わるため、個別の確認は弁護士に任せてください。
売上の数字が契約の内容に入っていなかった場合、民法の別の定めで争う道もあります。たとえば、法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤は、その事情が基礎とされていることが表示されていたときに限り、取り消せます(95条1項2号・2項)。詐欺による意思表示は取り消せます(96条1項)。いずれも、売買の動機が契約書に表示されているかが入口になります。本記事の整理では、売上やアクセスの数字は、契約書の中に「この数字を前提とする」と読み取れる形で残します。
どの請求を、表明保証違反に基づく補償として行うのか、民法415条の債務不履行(損害賠償)として行うのかは、契約の書き方で変わります。損害賠償の範囲は、通常生ずべき損害と、予見すべきであった特別の事情による損害です(416条)。具体的な組み立ては弁護士に確認してください。
売上・広告収益・アクセスは、期間・資料・算定方法を指定して「真実かつ正確」と書く
結論: 数字だけを書くのではなく、「どの期間の、どの資料に基づく数字か」まで書きます。買収後も数字が続くことは、表明の対象にしません。
中小企業庁の株式譲渡契約書サンプルの別紙は、計算書類について、開示した計算書類等が、適用される法令や会計の基準に従って作成され、作成基準日と対象期間の財政状態と経営成績を、重要な点において正確に示していること、という書き方をしています。基準日、対象期間、どの資料か、どの程度の正確さか、を特定する書き方です。サイト売買の売上やアクセスに当てはめると、次のような整理になります。以下は本記事の整理で、条文の例ではありません。
| 対象 | 表明させる内容の考え方 | 突き合わせる資料 |
|---|---|---|
| 売上・広告収益 | 開示した対象期間の売上が、帳簿・入金記録・ASPや広告サービスの管理画面の記録のとおりであること。売上の計上基準も明示 | 通帳の入金記録、ASP・広告サービスの支払通知と管理画面の出力、会計帳簿 |
| アクセス | 開示したアクセス解析の数字が、計測の設定を変えずに取得されたものであること。除外設定やフィルタの有無も開示 | アナリティクス・サーチコンソールの管理画面を、買い手の目の前で確認 |
| 流入・収益の内訳 | 開示した内訳(検索・指名・SNS・メルマガ、案件別の収益)が、同じ期間の記録と一致していること | 流入元別のデータ、案件別・広告主別の収益データ |
| 通常期との違い | 売却直前の広告出稿や一時的な施策で、直近の数字が通常期と違うなら、その内容を開示していること | 広告費の記録、施策の履歴 |
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 仲介サイトや説明資料に載っていた数字を、契約書に書かずに信じる | 売買対象の期間と資料を指定して、契約書に「開示した資料のとおりである」と書く |
| 売り手のスクリーンショットだけで、アクセスの数字を確認した | 管理画面を買い手が一緒に開いて確認し、管理権限の移行前にデータを出力する |
| 「売上が今後も続く」を表明保証の対象にする | 開示した期間の数字が資料のとおりであることを対象にし、将来の水準は価格の見方として切り分ける |
| 直近の数字だけで価格を決める | 通常期の数字と、直近の数字の差の理由を開示してもらう |
将来の売上を表明保証の対象にしにくい理由は、ガイドラインにあります。ガイドラインは、表明保証の範囲をめぐる紛争が、最終契約後に当初見込んでいたバリュエーションに見合った収益が実現しない場合などに、生じやすいとしています。そうした場合は、当事者間の感情面での対立が大きく、適切な損害額の算定も困難なことが多いため、請求が過大になりやすい、とも書かれています。
アフィリエイトの収益は、広告主やASPの条件に左右されます。収益源が特定の広告主に偏っていないか、提携が引き継げるかは、アフィリエイトサイト 買収 注意点で扱っています。検索順位の下落が売り手の責任かどうかは、Webメディア 買収 SEOリスクで見るアップデート前後の数字と合わせて考えます。
記事・画像・ドメイン・アカウントの権利は、売り手が持っていて移せることを表明させる
結論: 「サイトの一切の権利を譲渡する」と書くだけでは足りません。売り手が持っていないものは移せないため、持っていること、移せること、侵害の申立てがないことを、項目ごとに書かせます。
サンプルの別紙は、会社の事業用の資産・知的財産権について、次のような趣旨の表明保証の例を挙げています。事業に必要な有形・無形の資産について有効な権利を保有し、担保権がないこと。必要な知的財産権を、自ら保有するか、使用する権利を有していること。第三者の知的財産権を侵害しておらず、侵害のクレームを受けたこともなく、第三者が自社の権利を侵害している事実もないこと。サイト売買では、これを次のように置き換えて整理できます(本記事の整理)。
| 区分 | 表明させる内容の考え方 | 確かめる資料 |
|---|---|---|
| 記事・画像 | 出どころ別の権利一覧のとおりであること。外注先・素材の権利者から、買い手の利用に必要な範囲の許諾や譲渡を受けていること。侵害の申立て・警告を受けたことがないこと(あれば開示) | 権利一覧、外注先との契約書、素材のライセンス規約、申立ての履歴 |
| ドメイン | 売り手の名義で登録され、買い手に移すのに支障がないこと | 登録情報、レジストラの管理画面 |
| 管理権限・アカウント | アナリティクス、サーチコンソール、ASP、広告、SNSなどの権限を、売り手が買い手に渡せること。サービスの規約が移転を禁じていないこと | 各サービスの規約と、権限の移行手順 |
| プラグイン・テーマ・フォント | ライセンスが有効で、買い手に引き継げること | 購入履歴、ライセンス規約 |
記事・画像の権利を、出どころ別に確かめる手順はWebサイト 売却 著作権にあります。ドメインを変えるか、名義だけ移すかの判断はサイト買収 ドメイン変更 SEOで扱っています。アカウントや提携の引き継ぎがサービスの規約で認められるかは、サービスごとに違います。規約を読み、契約書に「移せること」を表明させたうえで、実際に移せる状態を引渡しの条件に入れておきます。
未払金・税務・係争・規約違反は、帳簿に載らない債務を「ない」と言わせる
結論: 売上や権利が合っていても、買収後に未払いの外注費や請求が出てくれば、買い手の負担になります。何を買うか(法人ごとか、サイト資産だけか)で、引き継ぐ債務の範囲が変わります。
ガイドラインの参考資料((参考資料1)中小 M&A の主な手法と特徴)は、2つの手法の違いを次のように説明しています。
- 株式譲渡は、会社組織をそのまま引き継ぐため、貸借対照表の数字に表れない簿外債務や、将来発生しうる偶発債務もそのまま引き継ぐ。
- 事業譲渡は、資産・負債・契約を個別に移転させるため、特定の財産だけを譲り受けられ、簿外債務・偶発債務のリスクを遮断しやすい。
サイトを運営する法人ごと買うのか、サイトという資産だけを買うのかで、確かめる範囲が変わります。法人ごと買う場合は、未払金や係争を広く「ない」と言わせます。サイト資産だけを買う場合も、サイトの運営に付いている債務(外注費、ツールの利用料、広告・ASPの精算など)が買い手に付いてこないかを、契約書で特定しておきます。
サンプルの別紙には、債務について、開示した計算書類等に記載された負債などを除き、一切の債務を負担していないこと、法令遵守について、過去●年間に重要な点で違反したことがなく、事業停止等の行政処分を受けていないこと、といった例があります。これをサイト売買に置き換えると、次のとおりです(本記事の整理)。
| 区分 | 表明させる内容の考え方 | 書き方の注意 |
|---|---|---|
| 未払金・債務 | 開示した債務のほかに、未払いの外注費・ツールの利用料・サーバー費用などがないこと | 開示した債務を別紙に列挙し、それ以外は「ない」とする |
| 税務 | 申告・納付が必要なものが済んでいること。調査や指摘を受けていないこと | 個別の税目と範囲は税理士に確認 |
| 係争・クレーム | 訴訟、権利者や利用者からの請求・警告・削除要請がないこと(あれば開示) | 「重大な」などの限定を付けるかは交渉点。サンプルには、売り手自身について、契約の締結・履行に重大な影響を及ぼす訴訟等がないこと、という例がある |
| 規約違反・ペナルティ | 検索エンジンからの措置、ASP・広告サービスの規約違反による停止・警告・成果の取消しを受けたことがないこと(あれば開示) | 対象期間を区切る。サイトの規約ごとに内容が違うため、対象サービスを列挙 |
| 反社会的勢力 | 売り手が反社会的勢力でなく、関係がないこと | サンプルは別紙で反社会的勢力の定義も置く |
限定文言の付け方も、争いの種になります。サンプルの注記によると、「知る限り」(現に認識していること)より「知り得る限り」(現に認識していなくとも、認識できたであろう場合を含む)のほうが広い概念で、保証の範囲が広がります。誰の認識を基準にするかは、事案によって異なります。
| 売り手が避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 買い手から出された表明保証の案を、内容を読まずに受け入れる | 事実と違う点は、表明保証の対象から外す事項として契約書に明記する |
| 「計算書類の誤りは中小企業ではよくあること」と考えて放置する | 誤りがあるなら、除外事項として別紙に書く |
| 仲介者や相手の雛形を、そのまま使う | 自分でも内容を確認し、必要に応じて弁護士のレビューを受ける |
最後の2行は、ガイドラインのサンプルが注記で述べていることです。サンプルは、雛形やレビューのやりとりの中で、譲り渡し側が知らず知らずのうちに過剰な範囲で表明保証をしてしまい、事後に紛争になる例も見受けられる、と書いています。
違反時の補償は、上限・期間・少額切捨てを空欄にせず、数字は案件ごとに決める
結論: 補償の上限・請求できる期間・少額の切捨てが空欄のままだと、売り手の責任の範囲があいまいになり、争いの種になります。本記事は、それらの数字の目安を示しません。
ガイドラインは、表明保証の期間や責任上限が設定されていない場合や、適用場面が一義的に明確でない規定がある場合に、譲り渡し側が過大な表明保証責任を負担することになり、争いが生じるリスクがあると説明しています。DDの結果を踏まえず、定型的に無期限・無制限の表明保証条項や、適用場面が判然としない条項を設定することは、慎重に検討すべきともされています。
中小企業庁の株式譲渡契約書サンプルの補償条項(第16条)は、次の項目を置いています。数字は空欄です。
| 項目 | サンプルでの扱い | 決めるときの観点(本記事の整理) |
|---|---|---|
| 上限 | 表明保証違反に基づく補償の総額は「本譲渡価額の●%」を超えない。注記は、上限の数値は個別の事例に応じて変わる一方、100%に近い上限を設定する場合はその妥当性を慎重に吟味する必要があるとする | DDで見つかった問題の大きさと、それを代金にどう織り込んだか。ガイドラインは、顕在化の可能性と影響の大きさを検討し、譲渡対価に織り込まれているかを勘案すること、としている |
| 少額切捨て | 一つの事由に基づく違反による損害が「●円」を超えるものの合計額が「●円」を超えた場合にのみ、補償義務が発生する | 小さな違反が積み上がったときの扱い。件数が多いサイトでは、切捨ての単位を決めておく |
| 請求期間 | クロージング日から「●か月」が経過するまでに書面で請求した場合に限る | 数字を確かめるのに要する期間(決算、ASPや広告の支払いサイクル、精算の締め) |
| 損害の拡大防止 | 買い手が損害の拡大を防ぐ措置を取らなかった部分は、責任を免れる | 買い手が取る措置(記事の削除、権利者への連絡など)を、事前に決めておく |
| 商法526条の不適用 | 商人間の売買の検査・通知義務の規定を適用しない旨を置く | 商法526条は、商人間の売買で、目的物を受領した買主に、遅滞なく検査する義務と、不適合を直ちに通知する義務を課している。契約で適用の有無を決める |
買い手が違反の事実を知っていた場合の扱いも、契約で決めておく項目です。サンプルの注記は、買い手の認識に応じて売り手の免責を認める「アンチ・サンドバッギング条項」と、買い手が違反を知っていても表明保証の効果や責任に影響を与えない「プロ・サンドバッギング条項」の例を挙げています。後者について、サンプルは、売り手がDDに協力して情報を開示し、買い手がリスクを認識していても、リスクが現実になれば売り手が責任を免れないという帰結になるため、売り手が意味内容を正しく理解していないと紛争になりやすいと説明しています。買い手が特に認識したリスクは、特別補償として別に定めることもありうる、とされています。
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 「上限は代金の全額」と決めて、期間は書かない | 上限と期間を数字にして書く。上限を高く設定する場合は、その理由を残す |
| DDで見つけた問題を、一般の表明保証の中に埋もれさせる | 見つけた問題は、別紙に列挙して表明保証の対象から外し、必要なら特別補償として金額と期間を限定して定める |
| 買い手が知っていた場合の扱いを、契約に書かない | アンチ/プロ・サンドバッギングのどちらにするかを、意味を理解したうえで決める |
代金の払い方は、確認が終わってから渡す形にできるが、後払いにも不履行のリスクがある
結論: 支払いの時期を引渡しや確認の後ろに置く設計は、買い手の備えになります。ただし、後払いは回収のリスクを売り手に移すため、売り手側の備えも要ります。
サンプルのクロージングの前提条件(第5条・第6条)は、相手方の表明及び保証が、クロージング日において真実かつ正確であること(軽微な点における誤りは除く)などを、義務の履行の前提としています。ガイドラインも、譲渡対価はクロージングを迎えて初めて支払われることが通常で、締結後クロージングまでの時期に何らかの条件が規定されることもある、と書いています。
支払いの時期を後ろに置く方法として、ガイドラインがリスクを挙げているのは、クロージング後の分割払いです。ガイドラインは、買い手の資金が不足する場合などに使われるが、クロージング後の事業や買い手の状況によっては不履行になるリスクがあり、特に支払期間が長期にわたる場合はリスクが高い、と説明しています。
以下は、特定の方法を勧めるものではなく、考え方の整理です(本記事の整理で、出典はありません)。
| 設計 | 買い手の側の見方 | 売り手の側の見方 |
|---|---|---|
| 引渡しと同時に一括で払う | 払った後で数字の違いが見つかれば、補償を請求する形になる | 回収の不安が小さい |
| 代金の一部を、確認期間の後に払う | 確認期間中に数字の違いが見つかれば、払う額を調整する余地がある | 後払い分は、買い手が払わないリスクを負う |
| 第三者に代金を預け、条件を満たしたら渡す | 引渡しと確認が終わるまで、代金が相手に渡らない | 預け先の費用と手続の負担が増える |
代金の預かり(エスクロー)の手段は、売買の当事者が自分たちで用意します。第三者の預かりサービスなどを使うかは、提供する事業者の規約や費用を確かめたうえで、当事者が決めます。
売上が落ちたときの争いは、売り手の行為と買い手の運営を切り分けられる記録が決める
結論: 売上の低下の全額が、売り手の責任になるとは限りません。買い手の運営も数字に影響するため、売買の前後で何が変わったかを記録しておくことが、請求の組み立てを左右します。
知的財産高等裁判所の平成29年6月15日判決は、ウェブサイトを利用した婦人用中古衣類の売買事業を譲り受けた買い手が、売り手に対し、会社法21条3項に基づく事業の差止めと、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を求めた事件です。表明保証違反の事案ではなく、売り手が譲渡後に同一の事業を行った競業の事案です。ただし、売買前後の売上の変化をどう扱うかの判断は、サイト売買の争いを考える参考になります。
- 判決は、本件の譲渡契約が会社法21条3項にいう「事業」の譲渡であったと認め、事業の差止めを維持した。
- 買い手は、売買前に売り手から示された売上実績表と、売買後の売上の月額平均の粗利を比べ、差額から販売管理費を引いた額の12か月分を損害として求めた。
- 判決は、売り手の違法行為で顧客の一部が失われ、買い手に損害が生じたと認めた。一方で、買い手が商品の知識や経験に乏しかったこと、ウェブページのデザインを変えず、ブログやSNSも使わず、他の販売ルートも使わなかったことなどが売上の低下に相当程度影響したとして、売買前後の利益額の違いをそのまま損害と認めることはできないとした。
- 損害額の立証は極めて困難であるとして、民事訴訟法248条により損害額を認定し、逸失利益はその約3割にあたる178万7400円とした。
この3割という割合は、本件の事情に基づく認定で、他の事案に当てはまる数字ではありません。参考になるのは、売買前に示された数字の記録が損害の算定の出発点になったこと、買い手の運営の変化が、請求できる額を減らす方向で考慮されたことです。本記事の整理では、買い手は、次の記録を残しておきます。
| 残すもの | 使いみち |
|---|---|
| 売買前に売り手から示された数字(売上実績表、管理画面の出力) | 表明保証の対象となる数字の確定。損害の算定の出発点 |
| 売買後の売上・アクセスの月次の記録 | 低下の時期と幅の特定 |
| 売買後に買い手が行った運営の変更(記事の更新、広告、デザインの変更など) | 低下が買い手の運営によるものでないことの説明 |
売り手が売却後に同種のサイトを始める場合は、表明保証とは別に、競業の取り決めが必要です。会社法21条は、事業を譲渡した会社が、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村とこれに隣接する市町村の区域内で20年間同一の事業を行ってはならない(1項)、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない(3項)と定めています。インターネット上のサイトにこの区域の考え方がどう当てはまるか、そもそもサイトの売買が「事業」の譲渡にあたるかは、契約ごとに判断が分かれます。売り手の売却後の事業の予定と、競業を禁止する範囲は、契約書に書いて確かめます。
契約前の確認事項は、売り手の資料一式と、買い手の突合の2列にそろえる
結論: 表明保証は、資料が出てから書きます。先に資料の一覧を決めてから、条文に落とします。
| 売り手が用意する資料 | 買い手が突き合わせる点 | 契約書で書く場所 |
|---|---|---|
| 売上・広告収益の帳簿、入金記録、管理画面の出力 | 対象期間の数字が一致するか。通常期との差の理由 | 売上・収益の表明保証 |
| アナリティクス・サーチコンソールの管理権限 | 計測の設定、除外設定、データの連続性 | アクセスの表明保証 |
| 記事・画像の出どころ別の権利一覧、外注先の契約書、素材の規約 | 空欄の割合、主要ページの権利 | 権利の表明保証 |
| ドメイン・アカウント・ASP・広告の登録情報と規約 | 名義、移転の可否 | 権利・管理権限の表明保証、引渡しの条件 |
| 未払金・債務の一覧、税の申告・納付の記録 | 開示した以外の債務がないか | 未払金・税務の表明保証、除外事項の別紙 |
| 申立て・警告・削除要請・ペナルティの履歴 | 解決済みか、今も残っているか | 係争・規約違反の表明保証、特別補償の検討 |
契約書の文言、補償の数字、税務の扱いは、弁護士・税理士に確認してください。ガイドラインのサンプルも、具体的な契約書の作成にあたっては弁護士等の専門家に相談することが望ましいとしています。
まとめ
- 表明保証は、DDで確かめた事実を契約書の一文にして、違っていたときの負担を決める仕組みです。売上・アクセス、権利、未払金・係争・規約違反の区分ごとに、期間と資料まで特定して書きます。
- 買収後の売上の維持は、表明の対象にしません。将来の水準は、価格の見方として切り分けます。
- 補償の上限・請求期間・少額切捨てを空欄にせず、売買前後の数字と運営の変更を記録して、争いになったときに切り分けられるようにします。
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よくある質問(FAQ)
Q1. サイト売買で、表明保証は必要ですか? A. 契約書に表明保証を書かなくても、民法には売買の目的物が契約の内容に適合しない場合の定めがあります(民法562条〜566条)。ただし、売上やアクセスの数字が「契約の内容」に入っているかどうかは、契約書に何が書かれているかで決まります。本記事の整理では、買い手が価格の根拠にした数字、売り手が持っているはずの権利、ないはずの債務は、契約書の一文にして残しておくほうが、後で請求の根拠を示しやすくなります。
Q2. 売上やアクセスの表明保証は、買収後も数字が続くことまで含みますか? A. 含めない整理が基本です。表明保証は、契約締結時やクロージング時などの一定の時点で、事項が真実かつ正確であることを表明し保証するものです(中小M&Aガイドライン(第3版)の用語集)。買収後の売上は、買い手の運営や検索結果の変動にも左右されます。表明の対象は、開示した期間の数字が資料のとおりであること、と書くのが整理しやすいです。将来の水準を約束させたい場合は、表明保証とは別の取り決めとして、弁護士に確認してください。
Q3. 補償の上限や期間は、どのくらいが一般的ですか? A. 本記事では数字を示しません。中小企業庁の株式譲渡契約書サンプルは、補償額の上限を「本譲渡価額の●%」、請求できる期間を「クロージング日から●か月」と空欄にして、個別の事例に応じて決めるものとしています。ガイドラインは、期間や責任上限が設定されていない場合に、譲り渡し側が過大な責任を負うリスクがあると説明しています。空欄のまま契約せず、DDで見つけた問題の大きさと、代金にどう織り込んだかを見て決めます。
Q4. 売り手が「知る限り」と書いてほしいと言ってきたら、どう考えますか? A. 中小企業庁の契約書サンプルの注記によると、「知る限り」(現に認識していること)より「知り得る限り」(現に認識していなくとも認識できたであろう場合を含む)のほうが広い概念で、保証の範囲が広がります。売上や権利のように、売り手が自分で確かめられる事項に「知る限り」を付けると、確認しなかったことで責任を免れる余地が出ます。どの事項に、誰の認識を基準にした限定を付けるかは、事項ごとに弁護士に確認してください。
Q5. 契約後に売上の数字が違っていたとわかったら、最初に何をしますか? A. 契約書の請求期間と通知の方法を確認し、期限内に書面で売り手に伝える準備をします。サンプルでは、補償請求の期間を「クロージング日から●か月経過するまでに書面により請求した場合に限る」としています。民法には、種類・品質の契約不適合について、買主が不適合を知った時から1年以内に売主へ通知しないと、追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・解除ができなくなる定めがあります(民法566条)。あわせて、示された数字と実際の数字、管理画面の記録を保存します。個別の対応は弁護士に確認してください。
Q6. 代金の一部を預けたり、支払いを留保したりする方法はありますか? A. 一般論としては、代金の支払いを引渡しの後ろに分ける、第三者に預けるなどの方法を契約で定めることがありますが、本記事の整理であり、特定の方法を勧めるものではありません。代金の預かり(エスクロー)の手段は、売買の当事者が自分たちで用意することになります。後払いにする場合は、中小M&Aガイドラインが、クロージング後の譲渡対価の分割払いに不履行のリスクがあると説明している点に注意してください。
Q7. 中小企業庁の株式譲渡契約書サンプルは、サイトだけを売買する場合にも使えますか? A. そのままは使えません。同じ参考資料7には事業譲渡契約書サンプルもあり、こちらにも表明保証・補償(請求期間「●年」・上限「●●円」)・商法526条の不適用の条項があります。どちらのサンプルも、あくまで例であり、具体的な契約書の作成では弁護士等の専門家に相談することが望ましいとされています。本記事は、サンプルの表明保証と補償の条項の考え方(対象事項を具体化する、限定文言を付ける、上限・期間・少額切捨てを決める)を、サイト売買に当てはめるために借りています。サイトのみを売買する場合に何を対象にするかは、契約ごとに特定してください。
出典
- 中小企業庁「中小 M&A ガイドライン(第3版) -第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」(令和6年8月) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
- 中小企業庁「(参考資料7)各種契約書等サンプル」(株式譲渡契約書サンプルの表明保証・補償・クロージングの前提条件の条項) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline/reference/007_01.pdf
- 中小企業庁「(参考資料1)中小 M&A の主な手法と特徴」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline_s01.pdf
- e-Gov法令検索「民法(明治二十九年法律第八十九号)」(95条・96条・415条・416条・559条・562条〜566条・572条) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- e-Gov法令検索「商法(明治三十二年法律第四十八号)」(526条) https://laws.e-gov.go.jp/law/132AC0000000048
- e-Gov法令検索「会社法(平成十七年法律第八十六号)」(21条) https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 知的財産高等裁判所 平成29年6月15日判決(平成28年(ネ)第10114号 競業行為差止等請求控訴事件、平成29年(ネ)第10021号 同附帯控訴事件) https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-86866.pdf