Web制作 M&A 事業承継 廃業vs譲渡

Web制作会社は廃業と売却どっちが得?人・顧客・ソースコードの手取り比較

更新: 2026年8月4日

後継者がいない。受託単価は下がる一方で、生成AIが制作工程そのものを揺らしている。エンジニアの採用も続かない——。「もう畳むしかない」と傾いているWeb制作会社のオーナーへ。Web制作会社には、店舗も厨房も重機も、承継すべき事業許可もありません。だから畳もうと思えば、畳めてしまいます。しかしその「畳みやすさ」の裏で、エンジニア・顧客契約と月額保守・受注残・ソースコードとドメインという、会社の価値をほぼ全量担っていた無形資産が、同じ日に一斉にゼロになります。本記事は、Web制作会社を畳むときに実際に出ていくお金と、束ねたまま譲ったときに残る「手取り」を、同じ物差しで並べてお伝えします。

本記事は「Web制作会社という法人・事業の出口(会社M&A)」が主題です。 自社サイト・メディア・SNSアカウントなどアセット1個の譲渡については「サイト売買の基本と進め方」をご覧ください。対象が違います(ただし「会社は畳むが、自社メディアだけは売る」という第3の道は§4で触れます)。

この記事の結論(先に要点だけ)

  • Web制作会社の廃業は、現金の持ち出しが小さい業種です。解体工事も厨房撤去も重機処分もなく、機材はPCとディスプレイ程度。オフィスがシェアオフィスやフルリモートなら原状回復がほとんど発生しないこともあります(費用は契約次第・公的統計なし)[C-H05]。——だからこそ、安易に選ばれてしまいます。ここが本記事の警鐘です。
  • そして実際、畳む判断はWeb制作の周辺でいちばん多く起きています。2025年に倒産・休廃業解散で市場から退出した普通法人の「市場退出率」は情報通信業の4.98%が産業別で最も高く(卸売業3.06%・製造業2.61%)、東京商工リサーチはその要因として「ソフトウェア開発やホームページ制作などの『情報サービス業』の退出法人数が特に増加」したことを挙げています[C-H13]。
  • 一方で、Web制作会社の価値はほぼ全量が無形資産に載っています。IT・Webには事業許可が原則として存在しないため、他業種のように「制度が守ってくれる資産」がありません。残るのは①エンジニア・デザイナー(人)②顧客契約・月額保守・受注残 ③ソースコード/Gitリポジトリ/ドメイン/実績ポートフォリオの3つだけです。
  • この3つは、束ねてある間だけ値が付きます。廃業とは束を解くこと——エンジニアは各自転職し(本人の給与は続きますが、会社には1円も入りません)、顧客は他社と契約し直し、Gitはアーカイブされ、ドメインは失効します。同じ資産が、分散すればゼロ円、束ねたまま渡せば買い手にとっての即戦力になる。これが本記事の核である手取りの非対称です。
  • 買い手は実在します。2030年時点のIT人材の需給ギャップは、需要が高位で伸びる想定で約78.7万人(中位44.9万人・低位16.4万人)と試算されており[C-07]、M&A件数も2025年に5,115件(前年比+8.8%・2年連続で過去最多)[C-04]。「採用するより、技術者チームごと買う」という需要が、Web制作会社に値を付けます。
  • 売却なら、廃業で消える資産が残ります=譲渡対価・従業員の雇用継続(株式譲渡なら雇用契約はそのまま/事業譲渡は一人ひとりの同意が必要)[C-H08]・保守顧客へのサービス継続・経営者保証の解除に向けた検討[C-H04]。
  • だから順番は「解散通知を出すと決める前に、まず束ねて査定」。廃業の総額と売却の手取りを並べてから決めるのが、後悔しない出口です。

※ただし、債務超過で再建が難しい、キーエンジニアがすでに退職して技術者がいない、月額保守が全て解約済み、代表1人で完全に属人化している——こうした「束ねる中身が乏しい」ケースでは、廃業や個人事業への縮退が合理的なこともあります。本記事は「エンジニアが在籍し、保守契約が生きている会社」を主に想定し、両方の手取りを比べる材料をお渡しします。


§1 Web制作会社の「廃業」と「売却」とは — 許認可が無い業種の2つの出口

Web制作会社の廃業と売却の分かれ目は、人・顧客契約・ソースコードを束ねたまま渡すか、バラバラに解くかにあります。

廃業とは、自主的に事業を終わらせることです。借入の返済に行き詰まって法的整理に至る「倒産」とは違い、体力が残っているうちに自分の判断で畳むものです。実務としては、従業員に辞めてもらい、オフィスを解約し、機材を処分し、月額保守の顧客に解約を通知し、法人ならさらに解散・清算の手続きを踏みます。

一方の売却は、会社(または事業)をそのまま次の担い手に引き継ぐことです。ここで多くのオーナーが最初につまずくのが、「うちには売り物がない」という思い込みです。

IT・Webには、承継すべき事業許可が原則ありません

この思い込みには、もっともな背景があります。建設業や飲食業には、事業に必要な許可があり、M&Aでは「その許可を引き継げるか」が焦点になります。ところがWeb制作・受託開発には、そもそも事業の許可制度が原則として存在しません。派遣や特定の請負形態など個別の届出が要る領域はありますが、「Webサイトを作る」こと自体に免許は要らない。だから「引き継げる許可がないから、うちは売れない」と考えてしまう。

しかし、この事実は逆から読むべきです。制度が守ってくれる資産がないということは、価値の全量が人・契約・知的財産に載っているということです。売り物は「無い」のではなく、帳簿にも許可証にも載っていないだけです。

売り物は、この3つです

1. エンジニア・デザイナー(人):買い手が最も欲しがる資産です。同時に、退職届1枚で流出し得るという意味で最も壊れやすい資産でもあります。廃業を決めれば、有能な人ほど先に次を見つけて抜けていきます。 2. 顧客契約・月額保守(リカーリング)・受注残:Web制作会社では、月額の保守・運用契約というストック収益が評価の軸になります。譲渡時には、契約に再委託の制限や支配権変動(チェンジオブコントロール)条項がないかの確認が要ります。 3. ソースコード/Gitリポジトリ/ドメイン/自社プロダクト/実績ポートフォリオ:受託開発の成果物の著作権が誰に帰属するかは契約次第で、譲渡時にはデューデリジェンス(DD)の対象になります。なお、プログラムの著作物の職務著作は著作権法15条2項が定めており、同条1項の「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」という要件はプログラムには課されません(1項は「プログラムの著作物を除く」と明記)。著作権は同法61条1項により全部または一部を譲渡できます[C-H06]。

法人か、個人事業か(フリーランス・一人会社)で出口が分かれます

法人なら株式譲渡が使えます。法人格が変わらないため、雇用契約も顧客契約も知的財産も、法人に載ったまま買い手へ移ります。個人事業(フリーランス)は株式譲渡が使えず、事業譲渡の一択になります。この場合、従業員の労働契約の移転には一人ひとりの同意が必要です(民法625条1項)[C-H08]。ただし、「個人事業だから売れない」は誤りです。顧客リスト・保守契約・ドメイン・制作実績を事業として譲ることはできます(手続の詳細は個人事業(フリーランス)の事業譲渡|屋号・従業員の引継ぎと譲渡所得へ)。

畳めば、この①②③はすべてゼロ円です。しかも畳むコストが小さいために、そのゼロ円化が見えにくい。ここが、Web制作会社の出口判断でいちばん危ういところです。§3.5と§4で、具体的に分解します。

業種を問わない「廃業と譲渡」の比べ方や、廃業手続きの全体像は廃業と譲渡の比較・廃業手続きの全体像(業種共通)をご覧ください。本記事は手続きの書き方には踏み込まず、Web制作会社の判断軸に絞ります。契約とソースコード帰属の引継ぎ実務は、Web制作会社のM&Aで著作権とソースコードは引き継げる?契約とIPの実務に譲ります。


§2 なぜ今「畳むか売るか」で悩むWeb制作会社が増えているのか

「畳もうか」と考えているのは、あなただけではありません。それは実感ではなく、統計に出ています。

市場退出率が産業別で最も高いのが、情報通信業です

東京商工リサーチの集計では、2025年に「倒産」と「休廃業・解散」で市場から退出した普通法人は6万5,858社(前年比+6.8%)。産業別の市場退出率は情報通信業の4.98%が最も高く、卸売業3.06%、製造業2.61%と続きます。退出法人指数も情報通信業の243.6が最大(前年から+27.2ポイント)で、同社は指数上昇の要因として「ソフトウェア開発やホームページ制作などの『情報サービス業』の退出法人数が特に増加」したことを挙げています[C-H13]。「ホームページ制作」が名指しで出てくる——これが2026年のリアルです。

さらに、倒産ではなく「自分の意思で畳んだ」側の統計も同じ方向を指しています。2025年の「休廃業・解散」企業は6万7,210件(前年比+7.2%)で3年連続の過去最多。産業別の増加率トップは情報通信業の+15.2%(4,189件)でした[C-H12]。

補助的に見ると、情報通信業の倒産は2025年(暦年)438件(前年比+3.0%)で4年連続の増加(2024年暦年は425件で11年ぶりに400件超)[C-05]。つまり、倒産も、自主的な廃業も、その合計としての市場退出も、いずれもこの業種で増えています。

注:3つの数字は母数の定義が別で、足し引きできません。「倒産」=法的整理・私的整理[C-05]、「休廃業・解散」=倒産以外で事業活動を停止した企業[C-H12]、「市場退出」=その両方の合計[C-H13]。とくに集計対象の範囲が違います——市場退出の6万5,858社は普通法人に限った集計(退出率の分母も国税庁「税務統計」の普通法人数302万5,599社)で、その内訳は倒産8,795件+休廃業・解散5万7,063件です[C-H13]。一方、休廃業・解散の6万7,210件は普通法人に限定しない集計です[C-H12]。つまり「6万7,210件」と「5万7,063件」は同じ現象を別の母集団で数えた数字で、大小を比べる意味はありません。また倒産件数は集計期間でも数字が変わり、暦年では2025年438件(+3.0%)ですが、年度(2025年4月〜2026年3月)では432件(前年度比▲6.0%)です[C-05]。

背景にあるのは、後継者不在・薄利・AIの3つ

後継者不在:東京商工リサーチの2025年調査では、情報通信業の後継者不在率は77.06%で産業別のトップ(同調査の全産業は62.60%)でした[C-06]。技術で立ち上げた会社ほど、代表個人に顧客も技術も紐付き、継ぐ人が見つかりません。

薄利:情報サービス産業協会(JISA)の基本統計調査(2025年版=2024年4月〜2025年3月に終了した事業年度=「2024年度」実績)によると、情報サービス業の売上高営業利益率は加重平均10.79%/中央値6.79%[C-01]。この2つが大きく開いているのは、加重平均が規模の大きい会社に引き上げられているからです。実際、同調査の回答300社のうち営業利益率10%未満が208社(構成比69.3%・うち赤字は8社)を占めます[C-01]。多くの会社は一桁台です(利益率の分布と、社長年収・1人当たり利益への翻訳はWeb制作会社の利益率と社長年収へ)。ゆえに、「業界平均は◯%だから」と一括りに語れる数字ではありません(同調査はJISA正会員企業=比較的規模の大きい層が母集団で、小規模なWeb制作会社がそのまま含まれるわけでもありません)。

AI:生成AIによるコーディング・デザイン支援の普及で、受託の工数見積りの前提が動いています。「Web制作はなくなる」といった断定はできませんが、少なくとも属人的なノウハウ・顧客との関係・保守運用の相対価値が上がる方向に働いていると読むのが妥当です。

一方で、買い手側には構造的な追い風があります

経済産業省の委託調査(2019年公表)では、2030年時点のIT人材の需給ギャップを、IT需要の伸びが高位で約78.7万人、中位で44.9万人、低位で16.4万人と試算しています[C-07]。よく引用される「2030年に最大約79万人不足」は、このうち高位シナリオの数値です。生成AI普及前の前提に基づく2019年の試算なので幅をもって読む必要はありますが、採用で人が採れないなら、技術者チームごと買うという発想は定着しました。M&A件数も2025年は5,115件(前年比+8.8%)で2年連続の過去最多[C-04]です。

つまり、畳む会社が最も多い業種であると同時に、人ごと買いたい会社が最も多い業種でもある。この重なりの中に、あなたの会社があります。エンジニアが在籍し、保守契約が生きている「今」にこそ、値が付きます。

注:M&A総件数5,115件はMARR(レコフデータ運営)の集計で、業種別の「IT・情報サービス業界377件(2024年)」は日本M&Aセンターの集計(レコフDBの「ソフト・情報」区分)です[C-04]。上でご紹介した後継者不在率・倒産・市場退出率は東京商工リサーチの「情報通信業」区分[C-05][C-06][C-H13]で、母数の定義が異なるため単純に並べて比較することはできません

業界そのものの将来像(AIで淘汰される会社と残る会社の分かれ目)は、Web制作会社の将来性2026|AIで淘汰される会社と残る会社の分かれ目で俯瞰します。本記事は「畳むか、売るか」の判断に絞ります。なお、売却価格そのものの算定ロジックはWeb制作会社の売却相場2026|評価ロジックと価格レンジをご覧ください。


§3 後悔しない出口の選び方 — 判断の4ステップ

「畳むか、売るか」は、次の4つを順に見ると整理できます。

STEP1:債務超過かどうか。 負債が資産を大きく上回り、返済の目処が立たないなら、まず再生や債務整理の検討が先です。専門家(弁護士・中小企業活性化協議会など)へ早めにご相談ください。過大な債務がなければ、売却で現金化する芽は十分あります。

STEP2:「束ねる中身」があるか。 ここがWeb制作会社に固有の棚卸しです。次の4つを数えてください。

  • エンジニア・デザイナーは何人残っているか。キーマンはまだ辞めていないか。
  • 月額保守・運用契約は何件で、月額合計はいくらか。売上の何割を占め、自動更新になっているか。
  • 受注残(進行中の案件・内定している案件)はあるか。
  • EC・WordPress・医療・金融など、特定の領域で実績が積み上がっているか。

この4つが、そのまま「売り物」の実体です。逆に、この4つが全部ゼロに近いなら、束ねる中身が乏しいということでもあります。

STEP3:知的財産(IP)が会社に帰属しているか。 意外に多いのが「実は会社の資産ではなかった」ケースです。Gitリポジトリは法人のOrganization配下か、それとも創業者の個人アカウント配下か。ドメインの登録者名義は法人か。AWS・GCPのルートアカウントが創業者の個人メールに紐付いていないか。SaaSライセンスは法人契約か。GitHubの利用規約は、個人アカウント/組織アカウントそれぞれについて、そのアカウントとその中のコンテンツに対する最終的な管理権を誰が持つかを定めています[C-H09]。この論点は、廃業なら露見しません。売却ではDDで表に出ます。だからこそ、早く着手するほど整えられます。

STEP4:時間軸。 法人の解散・清算では、清算株式会社は債権者に対し一定期間内に債権を申し出るべき旨を官報に公告し、知れている債権者には個別に催告しなければなりません。そしてその期間は2か月を下ることができません(会社法499条1項)[C-H07]。M&Aも、相手探しから成約まで相応の時間がかかります。「限界まで待ってから決める」やり方が、いちばん選択肢を狭めます。

SWOTで「買われる側か」を棚卸しする

  • 強み:技術者が複数在籍し定着している/月額保守の比率が高く継続している/顧客契約が書面化されている/Git・ドメイン・クラウドが法人帰属でクリーン/特定領域の実績が厚い。
  • 弱み:代表がエースで完全属人/新規案件依存(フロー収益のみ)/顧客契約が口約束/IPが創業者個人アカウント紐付け/単価が下落している量産受託。

強みの側にチェックが多いほど、廃業より売却が手取りで有利になりやすい局面です。次章で、その「廃業の総コスト」を分解します。


§3.5 Web制作会社の廃業にかかる総コストを分解する — 「安く畳める」が落とし穴

まず正直に書きます。Web制作会社の廃業は、現金の持ち出しが小さい業種です。 解体工事も、厨房の撤去も、重機の処分もありません。ここを誇張して「畳むと数百万円かかります」と脅すつもりはありません。それでも費目を並べる価値があるのは、出ていく現金より、ゼロになる資産のほうが大きいからです。

① 従業員の処遇(現金コストの最大項目) 廃業に伴って従業員を解雇する場合、労働基準法20条1項により、少なくとも30日前の予告をするか、予告をしないなら30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります[C-H01]。人数×月給が、そのまま現金の流出になります。退職金は法律上の一律義務ではなく、退職金規程がある場合に支払義務が生じます(小規模なWeb制作会社では規程を持たないことも多いのが実態です)。なお同条には天災事変等による例外の定めもありますが、行政官庁の認定を要する例外的な取扱いです。個別の可否は社会保険労務士・弁護士へご確認ください。 そしてもう1つ、実務上の非対称があります。廃業を決めた瞬間から、有能なエンジニアほど先に次を見つけて抜けていきます。 買い手にとっての価値は、その時点から目減りし始めます。

② オフィスの解約・原状回復 賃貸オフィスなら、解約予告期間(一般に3〜6か月前・契約次第)と原状回復が発生します。ただしWeb制作会社は内装造作が軽く、シェアオフィスやフルリモートなら原状回復がほとんど発生しないケースも少なくありません。オフィス原状回復費に公的統計はありません。参考として、一般社団法人RCAA協会の査定実績では、100坪未満のオフィスで指定業者の初回見積が坪単価中央値 約10.3万円、適正査定後の合意額が中央値 約5.8万円(100坪未満の適正化率39.4%)とされています[C-H05]。これは「指定業者付きのビルオフィス」を前提とした参考値で、10〜40坪の小規模オフィスやシェアオフィスにそのまま当てはまるものではありません。実額は契約次第です。

③ 機材の処分とデータ消去 PC・ディスプレイ・NAS・サーバなどは中古売却しても回収額は僅少です(減価が速く、業務用途の中古市場も限られます)。むしろコストになるのは、顧客データを含む記憶媒体の適正な消去です。個人情報保護法は、個人データについて安全管理措置を講じることを求め(23条)、利用する必要がなくなったときは遅滞なく消去するよう努めることを定めています(22条)[C-H10]。廃業だからといって、放っておいてよいわけではありません。

④ 月額保守・運用契約の後始末 解約の通知期間、SLA上の残存義務、前受金の返還——契約次第ですが、いずれも手間が発生します。そしてWeb制作会社に固有なのが、顧客のサイトを止めないための移管作業です。別ベンダーへの引継ぎ、サーバとドメインの移管、CMSの権限譲渡。これらは多くの場合、対価が発生しない「最後の無償労働」になります。

⑤ 受注残(仕掛案件)の清算 進行中の制作案件を完了させるか、解約して前受金を返還するか。途中解約には違約金や損害賠償のリスクが伴います(個別の可否は契約内容次第です。弁護士へご確認ください)。畳むと決めても、契約上すぐには畳めません。

⑥ ドメイン・サーバ・SaaSの解約 自社ドメインを失効させれば、実績ポートフォリオも被リンク資産もメールアドレスも消えます。より慎重を要するのは、顧客名義でないドメイン・サーバを自社で預かっている場合です。失効は顧客サイトの停止事故に直結します。Git・CI・監視・デザインツールなどの年額契約の中途解約も、細かいながら積み上がります。

⑦ 借入と個人保証 廃業しても借入は消えません。 法人を清算して債務が残れば、代表の個人保証に及びます。「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」は、主たる債務者が廃業しても保証人が破産手続を回避し得る道筋を示していますが、これは法的債務整理手続または準則型私的整理手続の申立てを行う場面を想定した文書です[C-H04b]。「畳めば保証が自動的に消える」わけではありません。§4で、売却側との対比として改めて触れます。

⑧ 法人の解散・清算の実費と時間 登記の登録免許税は、解散3万円+清算人選任9千円=3万9千円、加えて清算結了2千円(合計4万1千円)です[C-H02]。官報の公告掲載料は「会社等」で1行3,589円(税込3,947円)、総額は文面の行数次第です(料金表は改定され得るため、掲載時点でのご確認をおすすめします)[C-H02]。そして債権者保護のための公告期間は2か月を下れません(会社法499条1項)[C-H07]。実費そのものは大きくありませんが、時間は相応にかかります

⑨ 個人事業(フリーランス・一人会社)の場合 会社の清算手続は不要で、税務署への「個人事業の開業・廃業等届出書」の提出などが中心になります。提出期限は「廃業した年分の所得税の確定申告期限まで」で、提出先は納税地を所轄する税務署長です(消費税の課税事業者は別途「事業廃止届出書」を速やかに)[C-H03]。

★ここは情報が古いまま流通している論点です。 「廃業の日から1か月以内」という記述をよく見かけますが、これは2026年(令和8年)1月1日施行の所得税法229条改正前の旧期限です。現行は上記のとおり「確定申告期限まで」に変わっています[C-H03]。書き方・必要書類は個人事業の廃業届の出し方・必要書類をご覧ください。

⑩ 廃業時の課税 個人事業か法人かで扱いが変わります。個人事業では、事業を廃止した後に生じた費用・損失について所得税法63条の必要経費の特例が用意されています[C-H11]。法人なら解散事業年度・清算事業年度の申告が必要です。いずれも具体的な税額は状況で変わるため、税理士にご確認ください。

⑪ そして最大の費目=帳簿に載らないコスト ここまでの①〜⑩は、金額を書き出せる費目です。しかしWeb制作会社の廃業でいちばん大きいのは、帳簿に載らない側です。

  • エンジニア・デザイナー → 各自転職。本人の給与は続きますが、会社には1円も入りません
  • 顧客契約・月額保守 → 解約通知。顧客は他社と契約し直します。ストック収益は消滅します。
  • 受注残 → 解約・返金。買い手の初年度売上になったはずのものが、消えます。
  • ソースコード・Gitリポジトリ → アーカイブ・死蔵。
  • ドメイン・実績ポートフォリオ → 失効。
  • 個人保証 → 消えずに残ります(債務が残る場合)。

これらは売却なら値が付いていた資産です。

Web制作会社の廃業で消えるもの:①エンジニア・デザイナー(各自転職・会社には対価ゼロ)②顧客契約・月額保守(他社へ流出)③受注残・仕掛案件(解約/返金)④ソースコード・Gitリポジトリ(死蔵)⑤ドメイン・実績ポートフォリオ(失効)⑥個人保証(消えずに残る)。現金の持ち出しは解雇予告手当・オフィス解約・データ消去・解散清算の実費

図解F1:廃業で消えるのは費目だけではありません。人・顧客契約・IPという「束ねてあれば売れた資産」が、同じ日に一斉にゼロになります(現金コストの実額は規模・契約により変動。原状回復は公的統計なし・契約次第)。

こうして並べると、「安く畳める」という事実そのものが、機会損失の大きさを隠している構図が見えてきます。では、同じものを「売却で残る手取り」と並べると、景色はどう変わるでしょうか。

▶ 畳む前に、束ねたままならいくらになるかを試算しませんか

「畳むといくら出ていくか」「束ねたまま譲るといくら残るか」を同じ土俵で比べると、結論が変わることがあります(売り手は完全無料)。 → 畳む前に、束ねたままの手取りを試算する


§4【M&A・投資視点】廃業 vs 売却を「手取り」で比較する — 分散すればゼロ、束ねれば値がつく

ここからが本題です。廃業と売却を、税引後の「手取り」という同じ物差しで並べます。

M&Aの目線で見ると、こうなります

Web制作会社の価値は、束ねてある間しか存在しません。 買い手が買っているのは「会社」という器ではなく、「すぐ稼働する技術者チーム+継続課金されている顧客+クリーンなコード資産」というセットです。廃業とは、このセットを解体して、各要素を市場に無償で放出する行為にほかなりません。M&Aの世界では「キーマンが1人抜けると買収価値が大きく毀損する」とよく言われますが、廃業は、それを全項目で自ら起こすことに等しいのです。

比較のフレーム

  • 廃業の手取り = 機材の処分額(僅少)−(解雇予告手当・オフィス解約/原状回復・データ消去・仕掛案件と保守契約の清算・ドメイン/SaaS解約・解散清算の実費)− 残債 − 税
  • 売却の手取り = 譲渡対価 −(仲介手数料などの譲渡コスト)− 税

なお、売却対価がいくらになるか(年買法の考え方・EBITDA倍率・査定変数)については本記事では扱いません。相場の出し方はWeb制作会社の売却相場2026|年買法と保守ストックでいくらになるかにまとめています。本記事は、手取りの「符号」がどう変わるかに焦点を当てます。

廃業の手取り(機材処分は僅少−解雇予告手当−オフィス解約−データ消去−仕掛/保守の清算−解散清算実費−残債−税)と、売却の手取り(譲渡対価−譲渡コスト−税)を同一スケールで比較するメーター。Web制作会社では現金の差より「無形資産のゼロ化」が損の正体

図解F2:廃業の手取りと売却の手取りを同一スケールで比較。Web制作会社は現金の持ち出しが小さいぶん、差が付くのは「ゼロ化する無形資産」の側です(具体額は会社により異なります)。

損の正体は「符号」ではなく「ゼロ化」です

他業種の出口記事では「畳むとマイナス、譲るとプラス」という符号の逆転が論点になります。Web制作会社は違います。現金の持ち出しは小さい。だから符号の話にはなりません。 代わりに起きるのは、価値の全量を担っていた無形資産が、同時にゼロになるという現象です。建設業のように失効する許可も、飲食店のように買い取られる造作もない業種だからこそ、残った資産が「人・契約・IP」しかなく、その3つが「束ねてある」ことにしか価値がない——これがWeb制作会社の損の形です。

分散 vs 集約 — 同じ資産が、解けばゼロ・束ねれば値がつく

| 資産 | 廃業(束を解く) | 売却(束ねたまま渡す) | |—|—|—| | エンジニア・デザイナー | 各自転職。本人の給与は続くが会社には1円も入らない | 雇用ごと承継(株式譲渡なら雇用契約はそのまま/事業譲渡は一人ひとりの同意が必要)[C-H08]。買い手が最も欲しい資産 | | 顧客契約・月額保守 | 解約通知 → 顧客は他社へ。ストック収益が消滅 | リカーリングとして評価される(再委託制限・支配権変動条項の確認が要る) | | 受注残(仕掛・内定) | 解約・返金・違約金リスク | 引き継がれ、買い手の初年度売上に乗る | | ソースコード・Git | アーカイブ・死蔵 | IP資産として評価(帰属は契約次第[C-H06]/株式譲渡なら法人帰属のまま移転) | | ドメイン・実績ポートフォリオ | 失効。顧客サイト停止事故のリスク | そのまま承継 | | 顧客の個人データ | 適正な消去・移管が必要(22条・23条)[C-H10] | 事業の承継に伴う提供は第三者提供に当たらない(27条5項2号)[C-H10] | | 個人保証 | 債務が残れば残る[C-H04b] | 解除に向けた検討が図られ得る(最終判断は金融機関)[C-H04] |

分散 vs 集約の非対称対比図:解けばゼロ・束ねれば値がつく。エンジニア=各自転職(対価ゼロ)↔ チームごと承継/顧客契約・月額保守=解約して他社へ ↔ リカーリングとして評価/受注残=解約・返金 ↔ 買い手の初年度売上に/ソースコード・Git=死蔵 ↔ IP資産として評価/ドメイン・実績=失効 ↔ そのまま承継/個人保証=残る ↔ 解除に向けた検討

図解F3:同じ人・同じ契約・同じコードでも、バラバラに解けばゼロ円、束ねたまま渡せば買い手にとっての即戦力になります。これがWeb制作会社の出口判断の核です。

売却なら“残るもの”があります

  • 譲渡対価:束ねた状態に対する値段が、現金として入ります。
  • 従業員の雇用継続:株式譲渡なら法人格が変わらないため、雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡の場合は、労働契約の移転に労働者本人の個別同意が必要です(民法625条1項/厚生労働省Q&Aは事業譲渡の承継を「特定承継」と整理しています)[C-H08]。「従業員に何と言えばいいのか」という重さに、ひとつの出口を与えられます。
  • 保守顧客へのサービス継続:顧客のサイトを止めずに済みます。「最後の無償労働」も発生しません。
  • 経営者保証の見直し:中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料13は、「M&A成立と同時に経営者保証の解除等を行うことが最も優先される対応」としつつ、「経営者保証の解除等は最終的には金融機関等による判断となり」、事前相談後も扱いが確定的とならない可能性があると明記しています[C-H04]。つまり「解除される」と言い切れるものではありません。ただし今日できるアクションははっきりしています——M&Aの成立前、できるだけ早い段階で金融機関に経営者保証の扱いを相談しておくことです[C-H04]。
  • 自分自身の移行期間:一定期間、顧問や技術者として残る選択肢もあります。買い手側のキーマン条項という側面もありますが、売り手にとっては急に無職にならないための助走期間でもあります。

3Cで見る:買い手は何を狙っているか

Customer(買い手):①採用ではなく買収で技術者を獲得したい同業・事業会社(背景にIT人材の需給ギャップ[C-07])②EC・WordPress・LP・特定業種ドメインなどへ即時参入したい会社 ③制作→運用→マーケティングの垂直統合を狙う会社 ④DXの内製化を急ぐ非IT事業会社。

Competitor(他の売り案件):ここが重要です。廃業した会社は、市場に「供給」として出てきません。(=廃業は競合ですらなく、ただ消えます。)売りに出る案件のうち「技術者が定着していて、保守ストックがあり、IPがクリーン」という組み合わせは、実は多くありません。

Company(自社=見えない資産の言語化):技術者の人数・年齢・在籍年数、月額保守の件数と月額合計・継続年数・更新条件、受注残、Git/ドメイン/クラウドの帰属、特定領域の実績本数。これを1枚に書き出す作業そのものが、査定の準備になります。

なお、当社が運営するM&A案件一覧(/malist)には、IT・Web領域の案件が181件掲載されています(当社調べ・2026-08-03時点/掲載は希望額であり成約額ではありません)[C-08]。同じ /malist の業種区分でみると「建設・不動産・住宅」17件・「飲食店・居酒屋・カフェ・レストラン」29件ですから、6倍以上の厚みがあり、IT・Web領域の売買市場そのものが厚いことがうかがえます。ただしその大半はアセットやシステムの譲渡案件で、「Web制作会社という法人の株式譲渡」は少数です。「181社が法人ごと買いたがっている」という意味ではありませんのでご注意ください。法人ごとの買い手需要の根拠は、あくまでIT人材の需給ギャップ[C-07]とM&A件数の増加[C-04]の側にあります。

補足:税の考え方(主語は「個人株主」です)

個人株主が自社株式を譲渡した場合、譲渡益は申告分離課税となり、税率は20%(所得税15%・住民税5%)、これに復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)が加わります[C-H11]。株主が法人の場合は扱いが異なり、譲渡損益は益金・損金に算入されて法人税の課税所得に含まれます(申告分離ではありません)。個人事業の事業譲渡では、譲渡する資産の種類によって所得区分が分かれます。いずれも具体的な税額は状況によって変わるため、税理士にご確認ください。廃業・M&A・IPOといった出口の選択肢そのものの比較はM&A・廃業・IPOの出口戦略比較もご参考に。

第3の道:会社は畳んでも、自社メディアだけは売る

もし「束ねる中身」がすでに乏しく、廃業が合理的だと判断した場合でも、それで全部がゼロになるとは限りません。自社で運営してきたオウンドメディア、制作実績のポートフォリオサイト、育ててきたドメイン——こうしたアセット単体には、別の市場があります。その進め方はサイト売買の基本と進め方にまとめています。「会社ごと畳む/会社ごと売る/自社サイト・メディアだけ切り出して売る」——選べる道は3つです[C-PROP-01]。

畳む前の12チェック(廃業 vs 売却 手取り比較ワークシート)

①〜⑧の合計=廃業の手取り、⑨〜⑫の棚卸し=売却の値段の実体として、並べて記入してみてください。

廃業側(現金)

  • ☐ ① 従業員数 × 解雇予告手当(30日前予告 or 30日分以上の平均賃金)[C-H01] + 退職金規程の有無
  • ☐ ② オフィスの解約予告期間(一般に3〜6か月前・契約次第)と原状回復の見込み(公的統計なし)[C-H05]
  • ☐ ③ 機材の処分額(僅少)と、記憶媒体のデータ消去の実務[C-H10]
  • ☐ ④ 仕掛案件の解約/完了コスト・前受金の返還・違約金リスク
  • ☐ ⑤ 月額保守の解約通知期間と、別ベンダーへの移管作業の工数(対価が出にくい)
  • ☐ ⑥ ドメイン・サーバ・SaaSの解約と、顧客への移管(失効=サイト停止事故のリスク)
  • ☐ ⑦ 借入残高と個人保証の有無(廃業しても当然には消えない)[C-H04b]
  • ☐ ⑧(法人)解散・清算の実費(登録免許税 計4万1千円+官報公告料)と、2か月を下れない公告期間[C-H02][C-H07]

売却側(束ねる中身)

  • ☐ ⑨ エンジニア・デザイナーの人数/キーマンの在籍/平均在籍年数
  • ☐ ⑩ 月額保守の件数・月額合計・継続年数・自動更新の有無/受注残
  • ☐ ⑪ IPハイジーン(Gitは法人Organizationか/ドメインの登録者は法人か/クラウドのルートは法人メールか/受託成果物の著作権の契約上の扱い)[C-H06][C-H09]
  • ☐ ⑫ 顧客契約の書面化状況(再委託制限・支配権変動条項の有無)

編集部より:畳む前に売却を検討したほうがいいWeb制作会社の見分け方

ご相談で多いのが、「うちみたいに設備も資格もない会社に、値なんて付くわけがない」という声です。実際に見ていて、畳む前に一度査定してみる価値が高いのは、次のような会社です。(a) エンジニア・デザイナーが2名以上残っていて、キーマンがまだ辞めていない。(b) 月額保守・運用契約が売上の一定割合を占め、自動更新になっている。(c) Gitリポジトリが法人Organization配下で、ドメインの登録者も法人、クラウドのルートアカウントも法人メール。(d) 顧客との契約が書面化されていて、再委託制限や支配権変動条項を確認できる。(e) EC・WordPress・特定業種など、領域の実績が積み上がっている。 逆に、代表1人で完全に属人化していて、保守は全て解約済み、IPは創業者の個人アカウント配下——という会社は、正直に言って「束ねる中身」が乏しく、廃業や個人事業への縮退が合理的なこともあります。この非対称をごまかさないことが、判断材料としての誠実さだと考えています。(※本コラムは当社のIT・Web領域におけるM&A実務での一般的な所感です)

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掲載中の案件は掲載中のWeb制作・システム開発のM&A案件を見るからご覧いただけます(買い手が実在することは、売り手にとっての安心材料でもあります)。


§5 よくある質問(FAQ)

Q1. Web制作会社は廃業と売却、どちらが得ですか? A. 「畳んで出ていくお金」と「束ねたまま譲って手元に残るお金(税引後)」を同じ物差しで比べるのが基本です。Web制作会社は畳むときの現金コストが小さい業種なので、差が付くのはゼロになる無形資産の側です。エンジニアが在籍し、月額保守が生きていて、IPが法人帰属なら、売却が手取りで上回りやすい局面です。ただし債務超過、キーエンジニアが退職済み、保守が全解約、完全属人——といった場合は、廃業が合理的なこともあります。

Q2. 設備も許認可も無いWeb制作会社でも売れますか? A. IT・Webには承継すべき事業許可が原則ありません。しかしそれは「売り物がない」ことではなく、価値の全量が人・顧客契約・知的財産に載っているということです。買い手が求めているのは、すぐ稼働する技術者チーム、継続課金されている顧客、そして帰属のはっきりしたコード資産です。2030年時点のIT人材の需給ギャップは高位シナリオで約78.7万人と試算されており[C-07]、「採用より買収で人を得たい」という需要が背景にあります。

Q3. Web制作会社の廃業費用はいくらかかりますか? A. 総額の相場を示す公的・業界統計は存在しません。費目で分解すると、従業員がいれば解雇予告手当(30日分以上の平均賃金)[C-H01]、オフィスの解約予告と原状回復(契約次第・シェアオフィスやフルリモートなら発生しないことも/公的統計なし)[C-H05]、機材処分とデータ消去、仕掛案件と保守契約の清算、法人なら解散・清算の登録免許税 計4万1千円+官報公告料[C-H02]、といった構成です。実費そのものは大きくならないことが多い一方、2か月を下れない公告期間など時間はかかります[C-H07]。

Q4. 廃業すると従業員(エンジニア)はどうなりますか?売却なら雇用は続きますか? A. 廃業なら解雇です。労働基準法20条1項により、30日前の予告か30日分以上の平均賃金が必要になります[C-H01]。売却の場合、株式譲渡なら法人格が変わらないため雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡の場合は、労働契約の移転に労働者本人の個別同意が必要です(民法625条1項・厚生労働省Q&A)[C-H08]。「従業員に申し訳ない」という思いが廃業をためらわせているなら、雇用ごと引き継ぐ選択肢を検討する価値があります。

Q5. 廃業すると月額の保守契約やソースコード・ドメインはどうなりますか? A. 保守契約は解約となり、顧客は他社と契約し直します。ソースコードとGitリポジトリはアーカイブされ死蔵に、ドメインは失効します(顧客名義でないドメインを預かっている場合、失効は顧客サイトの停止事故につながります)。顧客の個人データは、安全管理措置の対象であり、利用の必要がなくなったときは遅滞なく消去するよう努めることとされています[C-H10]。一方、事業の承継に伴って個人データが提供される場合は第三者提供に当たりません(個人情報保護法27条5項2号)[C-H10]。なお受託開発の成果物の著作権が誰に帰属するかは契約次第で、譲渡時にはDDの対象になります[C-H06]。

Q6. 借入や個人保証があってもWeb制作会社は売れますか?廃業したら保証は消えますか? A. 保証があるからといって売れないわけではありません。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料13は、M&A成立と同時の経営者保証の解除等を「最も優先される対応」としつつ、最終的には金融機関等の判断であり確定的ではないと明記しています。だからこそM&A成立前の早い段階で金融機関に相談することが実務上のポイントです[C-H04]。他方、廃業しても債務が残れば保証は残ります。「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」は保証人が破産手続を回避し得る道筋を示していますが、法的債務整理手続または準則型私的整理手続の申立てを行う場面を想定した文書です[C-H04b]。個別の可否は金融機関・専門家へご確認ください。

Q7. 一人会社・フリーランスのWeb制作でも事業譲渡できますか? A. 可能性はあります。個人事業では株式譲渡が使えず事業譲渡の一択になりますが、顧客リスト・保守契約・ドメイン・制作実績を譲ること自体はできます。廃業手続きの側は、税務署への「個人事業の開業・廃業等届出書」の提出などが中心で、提出期限は廃業した年分の所得税の確定申告期限までです(2026年1月1日施行の所得税法229条改正後。「1か月以内」は旧期限です)[C-H03]。手続の詳細は個人事業の廃業届の出し方・必要書類個人事業(フリーランス)の事業譲渡をご覧ください。


§6 まとめ — 解散通知を出す前に、まず束ねて査定

  • Web制作会社を畳むのに、解体工事も原状回復も(多くの場合)要りません。だから「安く畳める」。それがこの業種の落とし穴です。 出ていく現金は小さくても、ゼロになる資産は最も大きい。
  • 廃業とは、束を解くことです。 エンジニアは各自転職し(会社には1円も入りません)、月額保守の顧客は他社と契約し直し、Gitはアーカイブされ、ドメインは失効して実績ポートフォリオごと消えます。個人保証は、債務が残れば消えません[C-H04b]。
  • 同じ人・同じ契約・同じコードが、束ねたまま渡せば「すぐ稼働する制作チーム」として買い手の即戦力になります。 IT人材の需給ギャップ[C-07]を背景に、技術者ごと買いたい会社は実在し、M&A件数も過去最多を更新しています[C-04]。
  • 情報通信業は市場退出率が産業別で最も高く(4.98%)、東京商工リサーチはその要因として「ソフトウェア開発やホームページ制作などの情報サービス業」を挙げています[C-H13]。休廃業・解散も増加率トップ(+15.2%)[C-H12]。畳む判断は、すでに同業で最も多く起きています。

まずやることは、解散通知でも解雇予告でもありません。束ねる中身の棚卸しです——技術者は何人残っているか、月額保守は何件か、Gitとドメインは法人名義か。この3つを書き出したら、税引後の手取りで廃業と比べてみてください。相場の算定ロジックはWeb制作会社の売却相場2026に、実際に買い手がついた会社の共通点(買い手5タイプと成約条件)はWeb制作会社の売却・第三者承継 事例傾向2026に、廃業手続きの実務は廃業と譲渡の比較・廃業手続きの全体像に、退出率・休廃業解散・倒産・後継者不在といった業界全体の一次統計はWeb制作業界の最新動向2026に譲ります。本記事の役目は、「畳むと決める前に、一度だけ値段を知る」という順番をお渡しすることです。

※債務超過で再建が難しい、キーエンジニアがすでに退職している、保守契約が全て解約済み、代表1人で完全に属人化している——こうした場合は、廃業や個人事業への縮退が合理的なこともあります。「廃業すれば損をする」と一律に言えるわけではありません。

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免責

本記事はWeb制作会社・受託開発会社の廃業およびM&A(株式譲渡・事業譲渡)に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の査定額・成約・保証解除・節税効果を保証するものではありません。記載した費用・期間・統計はいずれも出典時点のものであり、実際の金額・期間は会社の規模・契約条件・市況により異なります。とりわけオフィスの解約予告期間・原状回復費用には公的統計がなく、業界の目安・参考値としてお読みください。官報公告の掲載料金は改定され得るため、掲載時点でのご確認をおすすめします。個別の税務(廃業時の課税・株式譲渡益・事業譲渡の所得区分)は税理士、契約・労務・著作権・個人保証に関する個別判断は弁護士、登記は司法書士、労務手続は社会保険労務士へご相談ください。本記事には当社サービス(無料売却相談)へのご案内を含みます。


出典

  • [C-01] 情報サービス業の売上高営業利益率は加重平均10.79%/中央値6.79%(2025年版=2024年4月1日〜2025年3月31日に終了した事業年度=「2024年度」の単独決算ベース。有効回答300社/JISA正会員468社対象)。同調査の分布(図表2-39)では営業利益率10%未満が208社(構成比69.3%=0%以上10%未満200社・66.6%+赤字8社・2.7%)。※原典の表記は「平均値(加重平均)」であり単純平均ではありません。※同統計に粗利率の項目はなく、粗利率をJISAに帰属させることはできません。※母集団はJISA正会員企業で、小規模Web制作会社をそのまま代表するものではありません — 情報サービス産業協会(JISA)「情報サービス産業 基本統計調査」2025年版(T2・attributed): https://www.jisa.or.jp/Portals/0/report/basic2025report.pdf
  • [C-04] 2025年の日本企業のM&Aは5,115件(前年比+8.8%・2年連続で過去最多/MARR=レコフデータ運営の集計)/IT・情報サービス業界は377件(2024年・日本M&Aセンター集計、レコフM&Aデータベース「ソフト・情報」区分・公表ベース)。※377件はTSRの「情報通信業」区分とは母数定義が異なります — MARR Online/日本M&Aセンター(T2): https://www.marr.jp/marr/marr202602/entry/66036 / https://www.nihon-ma.co.jp/columns/2024/x20241227-1/
  • [C-05] 情報通信業の倒産は2025年(暦年)438件(前年比+3.0%・4年連続増)/2024年(暦年)425件(11年ぶりに400件超)/2025年度は432件(前年度比▲6.0%)。※暦年と年度で集計期間が異なるため併記(暦年=2025年全国企業倒産/年度=2025年度全国企業倒産/2024年暦年=TSRデータインサイト) — 東京商工リサーチ(T2): https://www.tsr-net.co.jp/news/status/detail/1202288_1610.html / https://www.tsr-net.co.jp/news/status/detail/1202724_1610.html / https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1200895_1527.html
  • [C-06] 情報通信業の後継者不在率は77.06%で産業別トップ(同調査の全産業は62.60%・2025年)。※帝国データバンクの2025年調査では全業種50.1%で、母集団・定義が異なり直接比較はできません(同社は情報サービス業単独値を公表していません) — 東京商工リサーチ/帝国データバンク(T2・attributed): https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1201982_1527.html / https://www.tdb.co.jp/report/economic/20251121-successor25y/
  • [C-07] 2030年時点のIT人材の需給ギャップは高位約78.7万人/中位約44.9万人/低位約16.4万人。※「最大約79万人」は高位シナリオの値であり、2019年公表の報告書=生成AI普及前の前提に基づく試算です — 経済産業省「IT人材需給に関する調査」(T1・attributed+range): https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf
  • [C-08] ma-platform /malist のIT・Web系案件は181件(当社調べ・2026-08-03時点。WP REST `industry` タームの内訳=ECサイト・WEBショップ75/WEBサービス・アプリ・システム41/WEBサイト・WEBメディア24/WEB制作・デザイン・システム20/インターネット・通信・AV機器8/プログラミング6/ソフトウェア開発5/自社開発システム2。SNS・Youtube 79とYouTube 9は狭義から除外/比較対象は同タクソノミの「建設・不動産・住宅」17件・「飲食店・居酒屋・カフェ・レストラン」29件)。掲載は希望額であり成約額ではありません。※大半はアセット・システムの譲渡案件で、Web制作会社(法人)の株式譲渡は少数です。法人ごとの買い手需要の根拠には用いていません — 自社データ(proprietary・attributed)
  • [C-H01] 解雇には少なくとも30日前の予告、予告しない場合は30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)が必要(労働基準法20条1項)。天災事変等の例外は行政官庁の認定を要する例外的取扱い。退職金は法定ではなく規程による — e-Gov 労働基準法(T1): https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
  • [C-H02] 法人の解散・清算の登録免許税は、解散3万円+清算人選任9千円=3万9千円、清算結了2千円(合計4万1千円)。官報公告掲載料は「会社等」1行3,589円(税込3,947円)で、総額は文面の行数次第(料金表は改定され得るため掲載時点で要確認) — 法務局 登記申請書様式/全国官報販売協同組合(T1/T2): https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/content/001252663.pdf / https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/content/001365396.pdf / https://www.gov-book.or.jp/asp/Kanpo/KanpoPrice/?op=1
  • [C-H03] 個人事業の廃業は「個人事業の開業・廃業等届出書」を廃業した年分の所得税の確定申告期限までに納税地を所轄する税務署長へ提出(消費税の課税事業者は別途「事業廃止届出書」を速やかに)。※2026年(令和8年)1月1日施行の所得税法229条改正により、旧「事実があった日から1月以内」から変更されています — 国税庁「廃業する場合」/A1-5/e-Gov 所得税法229条(T1): https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/43.htm / https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/04.htm / https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
  • [C-H04] M&A成立と同時の経営者保証の解除等が「最も優先される対応」とされる一方、解除等は最終的に金融機関等の判断であり、事前相談後も扱いが確定的とならない可能性がある。M&A成立前の可能な限り早期に金融機関へ相談することが望ましい — 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料13」(T1・attributed): https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline/reference/013.pdf
  • [C-H04b] 廃業しても債務が残れば保証は残る。「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」は、主たる債務者が法的債務整理手続または準則型私的整理手続の申立てを行う場面を想定し、保証人が破産手続を回避し得ること、廃業手続への早期着手が残存資産の増加に資し得ることを示す — 経営者保証に関するガイドライン研究会(令和4年3月策定・令和5年11月改定)/全国銀行協会(T1/T2・attributed): https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/news/news351122_1.pdf
  • [C-H05] オフィスの解約予告期間(一般に3〜6か月前・契約次第)および原状回復費用には公的統計が存在しない。参考値としてRCAA協会の査定実績では100坪未満のオフィスで指定業者の初回見積が坪単価中央値 約10.3万円、適正査定後の合意額が中央値 約5.8万円(100坪未満の適正化率39.4%/全規模の全体平均は36.76%)。※指定業者付きビルオフィス前提の参考値であり、小規模オフィス・シェアオフィス・フルリモートには当てはまらないことも多い — 一般社団法人RCAA協会(T2/T3・range+attributed): https://rcaa.or.jp/restoration/post-940/
  • [C-H06] プログラムの著作物の職務著作は著作権法15条2項が定め、15条1項の「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」要件はプログラムには課されない(1項は「プログラムの著作物を除く」と明記)。著作権は61条1項により全部または一部を譲渡できる。「プログラム」の定義は2条1項10号の2。受託開発成果物の帰属は契約次第で、譲渡時にDD対象となる — e-Gov 著作権法(T1): https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000048
  • [C-H07] 清算株式会社は債権者に対し一定期間内に債権を申し出るべき旨を官報に公告し、知れている債権者には各別に催告しなければならず、その期間は2か月を下ることができない(会社法499条1項) — e-Gov 会社法(T1): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
  • [C-H08] 使用者は労働者の承諾を得なければその権利を第三者に譲り渡すことができない(民法625条1項)。厚生労働省Q&Aは事業譲渡時の権利義務の承継を「特定承継」と整理し、労働契約の承継について承継予定労働者から個別に同意を得る必要があるとする。株式譲渡なら法人格が変わらず雇用契約はそのまま継続。※事業譲渡等指針(平成28年厚労省告示第318号)は令和8年厚労省告示第11号により改正され2026年5月25日から適用 — e-Gov 民法/厚生労働省(T1): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089 / https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000146978.pdf / https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/saihen/68297_00001.html
  • [C-H09] GitHubの利用規約は、個人アカウント/組織アカウントについて、そのアカウントおよびその中のコンテンツに対する最終的な管理権を誰が保持するかを規定している。ドメインの登録者名義・クラウドのルートアカウント名義も同様に「会社の資産か」を決める — GitHub 利用規約(T2・attributed): https://docs.github.com/ja/site-policy/github-terms/github-terms-of-service
  • [C-H10] 個人情報取扱事業者は個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならず(個人情報保護法23条)、利用する必要がなくなったときは遅滞なく消去するよう努めなければならない(22条)。合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合は第三者に該当しない(27条5項2号)。※28条は「外国にある第三者への提供の制限」であり別条です — e-Gov 個人情報保護法/個人情報保護委員会(T1): https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057 / https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_thirdparty/
  • [C-H11] 個人株主が株式を譲渡した場合の譲渡益は申告分離課税で、税率は20%(所得税15%・住民税5%)+復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)。※株主が法人の場合は譲渡損益が益金・損金に算入され法人税の課税所得に含まれます(申告分離ではありません)。個人事業では事業廃止後に生じた費用・損失について所得税法63条の必要経費の特例がある — 国税庁 タックスアンサー No.1463/所得税基本通達 法第63条関係(T1): https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm / https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/13/01.htm
  • [C-H12] 2025年の「休廃業・解散」企業は6万7,210件(前年比+7.2%)で3年連続の過去最多。産業別の増加率トップは情報通信業の+15.2%(4,189件)。※「休廃業・解散」は倒産(法的整理・私的整理)以外で事業活動を停止した企業と定義されており、倒産件数(C-05)とは母数が異なります。※本調査は普通法人に限定しない集計で、C-H13(普通法人限定・休廃業解散5万7,063件)とも母集団が異なります — 東京商工リサーチ「2025年『休廃業・解散』企業動向調査」(T2): https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202284_1527.html
  • [C-H13] 2025年に倒産・休廃業解散で市場から退出した普通法人は6万5,858社(前年比+6.8%/内訳=倒産8,795件・休廃業解散5万7,063件)。集計対象は普通法人に限定され、退出率の分母は国税庁「税務統計」の普通法人数302万5,599社(=C-H12の6万7,210件とは母集団が異なる)。産業別の市場退出率は情報通信業4.98%が最も高く(前年4.52%)、卸売業3.06%・製造業2.61%が続く。退出法人指数も情報通信業243.6が最大(前年比+27.2ポイント)で、要因として「ソフトウェア開発やホームページ制作などの『情報サービス業』の退出法人数が特に増加」と説明されている。※「市場退出」=倒産+休廃業・解散の合計です — 東京商工リサーチ(T2): https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1203057_1527.html
  • [C-PROP-01] ma-platformでは「会社ごと畳む/会社ごと売る/自社サイト・メディアだけ切り出して売る」の3つの選択肢を同一媒体で扱っています(/column のデジタルアセット売買記事30本超+/malist のIT・Web系案件181件・2026-08-03時点) — 自社データ(proprietary・attributed)