この記事の目次
SES会社の売り手から出てくる資料は、「技術者○人、稼働率○%、長期契約中心」という説明と、決算書が中心になりがちです。この記事は、買い手がそこから一歩進めて、稼働表・請求書・勤怠を突き合わせ、契約と労務の問題を価格と契約条件に変えるまでの確認手順を書きます。
この記事の結論
- SES会社のDDは、稼働表・請求書・勤怠の3点照合から始めるのが効率的です。 同じ月・同じ技術者で突き合わせると、売上の裏付けを確かめつつ、過大請求や未払残業代の疑いがある箇所を見つけられます。差は調べるきっかけで、それだけで問題は確定しません(本記事の整理)。
- 契約の型の解説は繰り返さず、「失ったときにいくら残るか」を顧客別に見ます。 偽装請負・無許可派遣の論点は、契約書の題名ではなく現場の指示の経路をサンプルで確かめます。
- 見つかった問題は、金額で見積もれるなら価格、起こりうるなら表明保証と補償、直せるならクロージング前の条件に振り分けます。 中小M&Aガイドライン(第3版)が示す最終契約の項目に対応させます。
この記事の対象:SES会社(技術者を顧客の現場で稼働させる事業)の買収を検討していて、基本合意の前後にDDで何を確かめるかを決めたい買い手。
SES会社のM&A全体の見方はSES会社のM&A DATAにまとめています。準委任・請負・派遣の区別、派遣許可が株式譲渡と事業譲渡でどう動くか、関係派遣先への割合制限はSES会社 買収 注意点に、契約の引継ぎ11項目はシステム開発会社のM&Aでの契約の引継ぎにあります。この記事はそれらを繰り返さず、DDとして何をどの資料で照合するかに絞ります。DDそのものの一般的な説明はデューデリジェンスとはにあります。
SES会社のDDは、収益・契約・適法な運営・労務の4領域を、同じ技術者の一覧で照合する
結論: 中小M&Aガイドライン(第3版)は、DDを、財務・法務・ビジネス・税務などの実態を調べる工程と説明し、調査の密度は様々だとしています。SES会社では、領域が違っても同じ「技術者別・顧客別の一覧」に集まります。
ガイドラインは、DDの目的を、譲渡対価の金額の精査や、判明した実態を踏まえた事業の改善などとしています。調査項目は譲渡の規模や希望者の意向で異なり、一般的な構成として財務DDと法務DDがあり、人事労務DDや税務DDなど多様な種類が挙げられています。中小M&Aの実務では、専門家費用をかけた本格的なDDを行わず、数年分の税務申告書の確認と経営者へのヒアリングだけで終えることもある、とも書かれています。一方で同ガイドラインは、ヒアリングだけでは売り手が抱えるリスクの評価に限界があるとも指摘しています。
本記事の整理では、SES会社のDDを次の4領域に分け、資料を技術者別・顧客別の一覧に揃えて求めます。
| 領域 | 確かめること | 求める資料 | 突き合わせる相手 |
|---|---|---|---|
| 収益 | 売上が実際の稼働に裏付けられているか | 技術者別の稼働表、請求書、入金明細 | 稼働表↔請求書↔勤怠、請求書↔入金 |
| 契約・商流 | 契約が続くか、失ったときの影響 | 基本契約・個別契約、更新履歴、商流図(エンドまでの階層) | 売上上位順の顧客別一覧 |
| 適法な運営 | 実態が契約の型と合っているか。派遣の許可 | 許可証(ある場合)、現場の指示の経路が分かる資料 | 主要現場のサンプル確認 |
| 労務 | 残業代・社会保険・外注の扱い | 勤怠、賃金台帳、36協定、社会保険の加入状況、外注契約書 | 稼働表の時間、雇用契約書 |
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 技術者数と稼働率の説明を聞いて、売上の裏付けとみなす | 稼働表と請求書の月別の一致を、技術者別に確かめる |
| 決算書と数年分の税務申告書で、労務リスクも見たことにする | 勤怠と賃金台帳を、稼働表の時間と突き合わせる |
| 技術者の個人名つきの資料を、基本合意前に一括で受け取る | 基本合意前は記号で識別した一覧とし、個人が特定される資料は範囲と時期を絞って受け取る |
稼働表・請求書・勤怠の3つが合わない差は、過大請求と未払残業代を調べるきっかけ(兆候)になる
結論: 稼働表は「顧客に報告した時間」、請求書は「顧客に請求した額」、勤怠は「自社が技術者に払うべき賃金の根拠」です。3つのずれは、売上と労務で別々の疑いにつながりますが、ずれだけで過大計上や未払残業代が確定するわけではありません。契約書・賃金規程・勤怠の明細で確かめて、はじめて金額にできます。
労働基準法109条は、賃金その他労働関係に関する重要な書類を使用者に保存させ、期間は当分の間3年とされています(附則143条)。つまり、直近3年分の勤怠は売り手に残っているはずの資料です。まず直近12か月分を、技術者別・月別に並べます。
次は仮の数字での1か月分の例です。表の照合結果は、次の仮の契約条件を置いたときのものです。実際の精算方法は契約ごとに異なり、一律ではありません。
- 時間に応じて請求額が変わる準委任の契約で、精算幅は140〜180時間
- 140時間未満の月は、月額単価÷140時間×不足時間を減額する
- 180時間を超えた分は、稼働表に記載して請求する(超過分の精算の単価は、この例では使わない)
この条件が無い契約(たとえば精算幅を設けない固定の月額)では、Eの満額請求は過大ではありません。
| 技術者 | 月額単価(万円) | 稼働表の時間 | 請求額(万円) | 勤怠(自社)の時間 | 照合の結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| A | 80 | 168 | 80 | 168 | 一致 |
| B | 70 | 180 | 70 | 205 | 勤怠が稼働表より25時間多い。未払の割増賃金の疑い |
| C | 60 | 150 | 60 | 150 | 一致 |
| D | 0 | 0 | 0 | 0 | 待機 |
| E | 75 | 135 | 75 | 135 | 下限(140時間)を下回るのに満額を請求。仮の契約条件では過大請求の疑い |
Eの差: 上の仮の契約条件(140時間未満は減額)なら、減額は75万円÷140時間×5時間≒2.7万円で、請求は約72.3万円になるはずです。月2.7万円の差は年に約32万円ですが、同じ処理が他の技術者・他の月にもあれば、積み上がった額が売上の一部を占めます。ただし、これは過大請求の疑いにとどまります。減額の定めが実際の契約にあるか、顧客と別の合意(下限を下回った月の扱いの取り決めなど)がないか、顧客から指摘を受けたことがあるかを、契約書と請求の履歴で確かめてから、売上を直すかを決めます。
Bの差: 稼働表は精算幅の上限の180時間で止まっているのに、勤怠は205時間です。この25時間は、顧客に報告・請求されていない労働の可能性があり、賃金台帳に対応する支払いがなければ、未払の割増賃金の疑いがあります。
ただし、25時間がすべて法定時間外労働とは限りません。労働基準法32条は、休憩時間を除き1週40時間・1日8時間を超えて労働させてはならないと定め、37条の割増賃金は、この法定の時間を延長して労働させた時間などが対象です。所定労働時間が法定より短い会社では、所定を超えても法定の範囲内の時間は37条の割増の対象になりません。1か月単位の変形労働時間制(32条の2)、フレックスタイム制(32条の3)、1年単位の変形労働時間制(32条の4)を採っていれば、時間外の数え方も変わります。勤怠の205時間に、休憩や移動・待機の扱いの違いが混ざっていることもあります。
そこで、次の仮の条件を置いて試算します。
- 差の25時間はすべて法定時間外労働で、その時間の賃金は一切支払われていない
- 深夜・休日の労働は含まず、法定時間外労働は月60時間以内(37条1項ただし書の5割以上の率は使わない)
- 固定残業代の定めはない。割増賃金の基礎となる時間単価は2,500円、割増率は37条の下限の25%
この条件では、1か月の25時間分は2,500円×1.25×25時間=78,125円です。これが36か月続けば約281万円、同じ状況の技術者が10人いれば約2,813万円です(すべて仮の数字)。条件のどれかが外れれば、金額は下がることも上がることもあります。実際の所定労働時間、労働時間制度、時間単価、固定残業代の定めは、就業規則・賃金規程・雇用契約書で個別に確かめ、計算は社会保険労務士・弁護士に確認します。
照合の手順を、本記事の整理として示します。
- 売り手から、技術者別・月別の稼働表(顧客に提出したもの)、請求書の写し、勤怠の出力を、直近12か月分もらう
- 月ごとに、稼働表と請求書の時間・金額を技術者別に突き合わせ、差の理由を売り手に聞く
- 稼働表と勤怠の時間の差が大きい月・人を抜き出し、時間外の割増賃金が賃金台帳に出ているかを見る
- 請求書の合計と入金明細を突き合わせ、未入金や相殺がないかを見る
稼働表と勤怠が全員・全月で完全に一致する会社は、実際には勤怠か稼働表のどちらかが機械的に合わせて作られている可能性もあります。完全一致を安心材料とせず、作成の仕方(打刻か自己申告か、誰が承認するか)まで聞きます。
契約の更新履歴・顧客集中・商流は、顧客別の一覧で「失ったとき」の原価まで見る
結論: 長期契約であるという説明は、顧客別の個別契約の期間と更新の履歴で確かめます。契約の型の解説は既存の記事に任せ、ここでは契約を失ったときに原価がどれだけ残るかを見ます。
契約の型の区別、チェンジオブコントロール条項、再委託の扱いはSES会社 買収 注意点にあります。DDでは、次の一覧を顧客別に作ってもらいます。
| 列 | 見ること |
|---|---|
| 顧客と商流の位置 | エンドか、元請か、二次以下か。エンドまでに何社を挟むか |
| 売上構成比(直近12か月) | 上位1社・上位3社の合計 |
| 個別契約の期間と更新の履歴 | 直近の更新の回数、終了した契約と理由 |
| 配属の技術者数と、その契約が終わる月 | 同じ月に複数の契約が終わらないか |
| 技術者の交代・増減の条件 | 顧客が技術者を指名できるか。解約の予告期間 |
| 顧客の窓口 | 誰が顧客との関係を持っているか(経営者か、現場のリーダーか) |
商流が深い場合は、エンドユーザーとの関係が見えにくく、更新の決定が自社の手の届かない所で行われます。商流の位置は、契約書の当事者欄だけでは分からないことがあるため、売り手に商流図(エンドまでの階層)を出してもらい、主要案件については顧客の担当者が確認できる範囲を売り手に聞きます。
契約を失ったときの影響は、次の仮の数字で見ます。
| 項目(仮の数字) | 内容 |
|---|---|
| 顧客Xに配属している技術者 | 5人、月額単価80万円、月の原価55万円 |
| 顧客Xからの月の売上 | 5人×80万円=400万円 |
| 顧客Xの契約が終わり、全員が待機になった場合に残る月の原価 | 5人×55万円=275万円 |
| 再配属まで2か月かかった場合の持ち出し(仮) | 275万円×2か月=550万円 |
再配属までの期間は、実際には売り手の過去の待機の実績(直近で待機になった技術者の待機期間)で確かめます。この550万円は仮の数字を掛け合わせただけで、実際の損失ではありません。重要なのは、売上構成比が高い顧客ほど、契約が終わったときに待機の原価が一度に生じるという点です。上位顧客の契約の終了月と、技術者の再配属の実績を並べて見ます。
偽装請負・派遣の論点は、契約書の題名ではなく現場の指示の経路をサンプルで確かめる
結論: 厚生労働省のガイドが示すとおり、契約の形式ではなく指揮命令の実態で労働者派遣に当たるかが決まります。DDでは、制度の整理を繰り返さず、どの現場を、誰に、何を聞くかを決めます。
ガイドは、労働者派遣事業を、労働者が派遣元と雇用関係にあり、派遣先と労働者との間に指揮命令関係があるものとし、請負形式の契約でも注文主と労働者との間に指揮命令関係があれば労働者派遣事業に該当して、偽装請負になる、と説明しています。請負業者がフリーランス等に再委託した場合も、実態から労働者性が認められ、さらに注文主の指揮命令を受けているなら、同じく偽装請負になるとしています。区分の基準(昭和61年労働省告示第37号)は、業務の遂行に関する指示その他の管理を事業主が自ら行うこと、労働時間の管理を自ら行うことなどを要件に置いています。
準委任で売上を立てている現場について、本記事の整理として、DDでは次のサンプル確認を勧めます。
| 確認する点 | 聞く相手 | 見る資料 |
|---|---|---|
| 仕事の割り付け・順序・進め方を誰が決めているか | 技術者、顧客側の窓口 | 業務指示のやり取り(チャット・メール)の例 |
| 労働時間・休日出勤の指示と管理を誰がしているか | 技術者、売り手の管理者 | 勤怠の承認経路、顧客側の入退室・稼働報告 |
| 技術者の交代や追加を誰が決めているか | 売り手の営業担当 | 個別契約、注文書 |
| 再委託先(フリーランス等)が、自社の指示・顧客の指示のどちらで動いているか | 再委託先、売り手 | 外注契約書、成果物の納品記録 |
| 派遣として結んでいる契約があるか。許可の有無 | 売り手の経営者 | 許可証、派遣契約書 |
サンプルは、売上構成比の大きい現場と、契約の型が準委任・請負である現場から、少数選びます。現場全数を調べる必要はなく、サンプルで指示の経路が契約書と食い違っていれば、他の現場も確かめる範囲を広げる、という進め方です。
食い違いが見つかったときの論点(無許可派遣、顧客側に及ぶ労働契約申込みみなし制度など)と、派遣許可の株式譲渡・事業譲渡での扱いはSES会社 買収 注意点にあります。個別の現場が派遣に当たるかは、労働局や弁護士・社会保険労務士に確認してください。
未払残業代・社会保険・外注契約は、さかのぼれる期間で概算する
結論: 労務の3項目は、請求や徴収の時効が法律で決まっています。DDでは、この期間を概算の範囲にし、金額が大きければ専門家に精査を頼みます。
| 項目 | さかのぼれる期間 | 根拠 | DDで求める資料 |
|---|---|---|---|
| 未払の割増賃金 | 賃金の請求権の時効は、行使できる時から当分の間3年 | 労働基準法115条、附則143条 | 勤怠、賃金台帳、賃金規程、36協定 |
| 付加金 | 違反のあった時から当分の間3年以内に請求。裁判所が命じることができる額は、未払金と同一額 | 同法114条、附則143条 | 同上 |
| 社会保険料 | 保険料を徴収する権利の時効は、行使できる時から2年 | 健康保険法193条、厚生年金保険法92条 | 社会保険の加入状況の一覧、雇用契約書 |
未払残業代: 前の章の仮の数字では、差の25時間がすべて未払の法定時間外労働という仮の条件で、1人・36か月で約281万円でした。付加金を命じられる場合の上限は同額と法律に書かれているため、最悪の場合の目安は、この例では約2倍です。ただし、付加金は裁判所が命じることができるという規定で、必ず命じられるものではありません。固定残業代の定めがある場合は、その内容と、定めた時間を超えた分の精算の有無を、雇用契約書と賃金規程で確認します。
社会保険: 法人の事業所で常時従業員を使用するものは、健康保険・厚生年金保険の適用事業所とされています(健康保険法3条3項、厚生年金保険法6条1項)。雇用している技術者の加入状況の一覧と、雇用契約書の所定労働時間などを照合し、加入していない技術者がいれば、その理由を売り手に聞きます。被保険者に当たるかは、雇用の形態や労働時間などで個別に決まるため、判断は社会保険労務士に確認します。
外注契約: SES会社では、BP(ビジネスパートナー)として個人事業主や他社の技術者を使うことがあります。ガイドが示すとおり、契約の名称にかかわらず、実態から労働者性が認められれば労働基準法等が適用されます。DDでは、外注先ごとの契約書、指示の経路、報酬の決め方(稼働時間に応じた月額か、成果物か)、専属性を確認します。外注先の稼働を、自社の技術者と同じ現場・同じ指示系統で管理していれば、前の章の偽装請負の確認と重なります。
株式譲渡と事業譲渡の違いも、労務の債務の扱いに影響します。中小M&Aガイドラインは、株式譲渡は法人格に変動がないため、未払残業代など貸借対照表の数字に表れない簿外債務や、将来発生しうる偶発債務のリスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが実施される傾向にあるとしています。一方、事業譲渡は承継する財産を選べるため、簿外債務・偶発債務のリスクを比較的遮断しやすいとされています。ただし事業譲渡では、承継対象の財産の特定や対抗要件の具備、許認可の取得などの作業が必要です。
DDの結果は、価格・表明保証・クロージング条件のどれで受けるかに振り分ける
結論: 見つかった問題を「問題があった」で終わらせず、金額を見積もれるか、起こりうるだけか、買収前に直せるかで、最終契約のどの項目に反映するかを決めます。
中小M&Aガイドライン(第3版)は、最終契約で定める事項として、譲渡対価、支払時期・方法、表明保証条項、補償条項、クロージングの前提条件、契約の解除事由などを挙げています。表明保証条項は、一定の時点で事項が真実かつ正確であることを表明し保証する条項で、違反した場合の補償も定められ、潜在的なリスクを両当事者でどう分担するかを決める機能があります。ガイドは例として、従業員との労働紛争が存在しないことを表明保証していたのに実際には紛争が生じ、和解が成立した場合の和解金相当額を譲り渡し側が負担するケースを挙げています。
次の振り分けは、DDで見つかりうる事項について、本記事の整理として示したものです。
| DDで見つかったこと | 影響の見方 | 反映の手段(案) |
|---|---|---|
| 契約書で、精算の条件に反する請求(減額漏れなど)が確認できた | 確認できた範囲で売上と利益が過大。正常な利益に直す | 価格算定の利益を直す(価格) |
| 上位顧客の契約が近く終わる、または集中度が高い | 契約終了後の待機の原価が一度に生じる | 価格に織り込む。主要顧客の継続を確認できた時点を前提条件にするか検討(価格・前提条件) |
| 稼働表と勤怠の差を調べ、賃金規程・勤怠の明細で未払の割増賃金が確認できた | 確認できた範囲を金額で見積もれる | 概算額を価格から差し引く。確定しない部分は補償(価格・補償) |
| 現場の指示の経路が契約と食い違う(偽装請負・無許可派遣のおそれ) | 是正にかかる期間と費用、顧客の離脱が読めない | 是正をクロージング前の条件とするか検討。表明保証と補償で手当て(前提条件・表明保証・補償) |
| 社会保険の未加入の技術者がいる | 遡及して徴収されうる保険料(時効2年)が見積もれる | 概算額を価格に反映。是正をクロージング前に完了(価格・前提条件) |
| 外注先に労働者性を疑う実態がある | 労務債務の範囲が確定できない | 表明保証と補償。承継対象から外せるかを事業譲渡で検討(表明保証・補償) |
ガイドは、表明保証の期間や責任上限が設定されていない場合などに、譲り渡し側が過大な表明保証責任を負担することとなり、争いが生じるリスクがあるとし、DDの結果を踏まえて、問題が顕在化する可能性とその影響の大きさを検討し、譲渡対価に織り込まれているかを勘案して、双方の認識を擦り合わせることが重要だとしています。本記事の整理では、買い手の立場でも、DDで見つけたリスクを価格に織り込んだうえで、さらに表明保証と補償で同じリスクを二重に受けられるとは考えないほうが安全です。何を価格で受け、何を補償で受けるかを、交渉の前に分けておきます。
最終契約後に譲渡額を調整する条項(クロージング後の一定期間の業績に応じて追加の対価を支払うアーンアウト条項、既に支払った対価を払い戻す条項など)についても、ガイドは、調整が発生する条件や方法が曖昧だと争いに発展するリスクがあるとしています。SES会社のように契約の終了時期が利益に直結する事業では、上位顧客の継続を条件とするかは、条件の定義を明確にしてから決めます。個別の契約条項の作成は、弁護士に確認してください。
自社の場合を確認する SES会社の事業価値の見え方を確かめたいとき → 事業価値を確認する
まとめ
- SES会社のDDは、稼働表・請求書・勤怠を、同じ月・同じ技術者で突き合わせることから始めます。差は、過大請求や未払残業代の疑いを調べるきっかけで、契約書・賃金規程・勤怠の明細で確かめるまで問題は確定しません。
- 契約の更新履歴・顧客集中・商流は、顧客別の一覧で、契約を失ったときに待機の原価がどれだけ残るかまで見ます。偽装請負・無許可派遣は、契約書の題名ではなく、現場の指示の経路をサンプルで確かめます。
- 未払残業代(時効3年)、社会保険料(時効2年)、外注契約の労働者性は、さかのぼれる期間で概算します。見つかった問題は、価格・表明保証と補償・クロージング前の条件に振り分けます。個別の判断は、弁護士・社会保険労務士・税理士に確認してください。
関連して、価格の見方はSES会社のM&A相場、稼働と収益の構造はSES会社の収益構造、買収後の人材はSES会社の人材承継、買い手の類型はSES会社の買い手で扱っています。
よくある質問(FAQ)
Q1. SES会社の買収DDでは、最初にどの資料を求めますか? A. 技術者別の稼働表、顧客への請求書、自社の勤怠記録の3つです。本記事の整理では、この3つを同じ月・同じ技術者で突き合わせると、売上が実際の稼働に裏付けられているかと、労働時間の管理に抜けがないかを同時に確かめられます。3つが合わない差は、過大請求や未払残業代の疑いとして扱い、契約書・賃金規程・勤怠の明細で確かめるまで問題があったとは決めません。技術者の個人名は記号に置き換えた形で受け取ります。
Q2. DDは必ず専門家に依頼して本格的に行う必要がありますか? A. 必要とは限りません。中小M&Aガイドライン(第3版)は、DDは想定し得るリスク全般を調べることも、対象を絞って簡易に行うこともあり、調査の密度は様々だと説明しています。同時に、株式譲渡は簿外債務・偶発債務のリスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが実施される傾向にあるとも書いています。どこまで行うかは、買収の規模と、後述の領域のどこにリスクがあるかで決めます。
Q3. 偽装請負かどうかは、DDでどう確かめますか? A. 契約書の題名ではなく、現場での指示の経路で確かめます。厚生労働省のガイドは、請負形式の契約でも注文主と労働者との間に指揮命令関係があれば労働者派遣事業に該当するとしています。主要な現場を数か所選び、誰が仕事の割り付けや時間の管理をしているかを、技術者と顧客側の窓口への確認で見ます。個別の判断は労働局や弁護士・社会保険労務士に確認してください。
Q4. 未払残業代は、何年分さかのぼって見ればよいですか? A. 労働基準法の賃金の請求権の時効は、附則143条により当分の間3年です(同法115条)。付加金の請求も、違反のあった時から当分の間3年以内とされています(同法114条)。本記事の整理では、まず直近3年分の勤怠と賃金台帳を対象に概算し、個別の計算は社会保険労務士・弁護士に確認します。
Q5. 社会保険に未加入の技術者がいた場合、何を確認しますか? A. 法人の事業所で常時従業員を使用するものは、健康保険・厚生年金保険の適用事業所です(健康保険法3条3項、厚生年金保険法6条1項)。保険料を徴収する権利の時効は、行使できる時から2年です(健康保険法193条、厚生年金保険法92条)。個々の技術者が被保険者に当たるかは、雇用の実態で決まるため、加入状況の一覧と雇用契約書を照合し、判断は社会保険労務士に確認します。
Q6. DDで見つかった問題は、価格だけで調整するものですか? A. 価格だけではありません。中小M&Aガイドライン(第3版)は、最終契約に定める条件として、譲渡対価、表明保証、補償、クロージングの前提条件などを挙げています。本記事の整理では、金額を見積もれるものは価格、見積もれないが起こりうるものは表明保証と補償、クロージング前に直せるものは前提条件に振り分けます。
出典
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)用語集、デュー・ディリジェンス(DD)、最終契約の交渉・締結、表明保証条項、最終契約後の状況に応じた支払の変動の各節 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
- 厚生労働省・都道府県労働局「労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド」(偽装請負、労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分基準〔昭和61年労働省告示第37号〕の概要) https://www.mhlw.go.jp/content/001704228.pdf
- e-Gov法令検索「労働基準法」(昭和二十二年法律第四十九号)第32条・第32条の2〜第32条の4・第37条・第109条・第114条・第115条・附則第143条 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索「健康保険法」(大正十一年法律第七十号)第3条・第193条 https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070
- e-Gov法令検索「厚生年金保険法」(昭和二十九年法律第百十五号)第6条・第92条 https://laws.e-gov.go.jp/law/329AC0000000115