SESエンジニアの定着

SES会社の売却でエンジニアは引き継げる?離職リスクと買収後の人材維持

この記事の目次
  1. この記事の結論
  2. SES会社の価値は、エンジニアの継続と顧客現場の結びつきに乗っている
  3. 株式譲渡は雇用契約の相手方が変わらず、事業譲渡は一人ひとりの承諾が要る
  4. キーパーソンが辞めたときの粗利の動きは、その人の現場の売上で決まる
  5. 待遇・評価制度・配属方針は、「変えない約束」ではなく「変える前の説明」で確認する
  6. 従業員の情報は、売却前に集計して整理し、個人が特定できる情報は段階を分けて出す
  7. 買収後100日は、説明・個別面談・窓口の確認の順で進める
  8. まとめ
  9. よくある質問(FAQ)
  10. 出典

SES会社の売却で、買い手が最初に気にするのは「エンジニアは残るのか」です。売り手が気にするのは、「従業員の情報をどこまで見せなければいけないのか」でしょう。この記事は、両方の問いを一つの確認表にまとめ、個人情報を出しすぎずに人材承継のリスクを確かめる順番を書きます。

この記事の結論

  • 株式譲渡では雇用契約が続き、事業譲渡では一人ずつの承諾が要ります。退職のリスクはそれとは別にあります。 株式譲渡は雇用契約の相手方が同じ会社のまま、事業譲渡は労働契約を移すのに本人の承諾が必要です。どちらの手法でも、残るかどうかは本人の意思で決まります。
  • 離職を契約で止めることはできません。 無期雇用の場合、退職の申入れから原則2週間で労働契約は終了します。買収後に残る条件は、待遇・役割・説明の仕方で整えます。
  • 従業員の情報は、段階を分けて、必要な粒度で出します。 初期は氏名を伏せた集計、個人が特定できる情報は基本合意以降に、限られた人へ出すのが本記事の整理です。

この記事の対象:SES事業を営む会社の売却を考えているオーナーと、SES会社の買収を検討している買い手。

SES会社のM&A全体はSES会社のM&A DATAにまとめています。この記事は、そのうち人材の承継だけを扱います。派遣・準委任・請負の契約類型と派遣許可の論点はSES会社 買収 注意点とシステム開発会社のM&Aでの契約の引継ぎに任せ、ここでは繰り返しません。

SES会社の価値は、エンジニアの継続と顧客現場の結びつきに乗っている

結論: SESの売上は、エンジニアが顧客の現場で稼働することから生まれます。本記事の整理では、エンジニアが離れると、売上・顧客との関係・現場の知識が同時に動きます。

中小PMIガイドラインの失敗例には、次の2つがあります[5]。

  • 従業員への説明の前にM&Aの噂が広まり、多くの従業員が処遇や雇用への不安から離職した。
  • 従業員が日常的にどんな業務を行い、誰がどの取引先を担当していたかを把握していなかったため、一部の従業員の退職で重要な技術・ノウハウや取引先を失った。

これはSESに限った話ではありません。ただ、SESでは「誰がどの現場にいるか」がそのまま売上の単位になるため、2つ目の失敗が起きる条件がそろっています。本記事の整理では、人材に結びついた価値を次のように分けて見ます。

人材に結びついた価値 エンジニアが離れたときに起きること 確認する資料
現場での稼働(売上の単位) その現場の売上が止まる。後任がすぐ出なければ待機が増える 技術者別・現場別の稼働表
顧客側の窓口との関係 契約更新や増員の相談が、窓口の移動と重なると見直しの機会になる 現場リーダーの有無、更新時期の一覧
現場固有の知識(環境・業務) 後任の立ち上がりが遅れ、顧客の評価が動く 引継ぎ資料の有無、担当の重複
経営者が持つ顧客・技術者との関係 経営者の退任とともに、関係が切れる 経営者が窓口の顧客、残る期間

売却価格の見方はSES会社のM&A相場とシステム開発会社 売却 相場で、利益の見方はSES会社の年収と利益率で扱っています。

株式譲渡は雇用契約の相手方が変わらず、事業譲渡は一人ひとりの承諾が要る

結論: 手法で、エンジニアに何を求めるかが変わります。株式譲渡は、会社が変わらないぶん手続が軽く、事業譲渡は、一人ひとりに説明して承諾を得る手間がかかります。

中小M&Aガイドライン(第3版)は、株式譲渡について「譲り渡し側の法人格に変動はない」と説明しています。事業譲渡は、承継対象財産を選択でき、法人格から切り離せる一方、許認可の取得などの作業が必要としています[4]。従業員に関する違いは、次のとおりです。

確認する点 株式譲渡 事業譲渡
雇用契約の相手方 法人格に変動がないため、売却後も同じ会社で雇用契約が続く[4] 譲渡会社から譲受会社へ移す場合、承継予定労働者の個別の承諾が必要(民法第625条第1項)[3]
承諾を得るときの定め なし 全体の状況、移る先の概要と労働条件(業務内容・就業場所を含む)を十分に説明して協議する。時間的余裕をみて始める[3]
労働条件を変えるとき 労働契約の内容の変更は合意が原則(労働契約法)[7] 承継時に労働条件を変えるなら、変更への同意も必要[3]
承諾を得るときの注意 - 意図的に虚偽の情報を示して得た承諾は、民法第96条第1項で取り消されうる[3]
承諾しない人 - 承諾しなかったことのみを理由とする解雇など、合理的な理由を欠く解雇は労働契約法第16条により認められない。配置転換など雇用維持の措置が求められる[3]
簿外債務 法人格が変わらないぶん、未払残業代などが残りやすく、より詳細なDDになる傾向[4] 切り離しやすい[4]

事業譲渡では、承諾を得る手間とエンジニアが応じるかの不確実性が、買い手にとっての人材リスクになります。株式譲渡では、手続の負担は軽い一方で、会社の負債とともに労務面の簿外債務も引き継ぐため、人材の確認がDDの中心になります。派遣許可を持つ会社での手法ごとの違いはSES会社 買収 注意点にあります。

フリーランスや協力会社(BP)の技術者は、雇用契約ではありません。厚生労働省の指針が扱うのは労働契約の承継なので、本記事の整理では別に、個別の契約書で承継・通知・承諾の条項と、支配権の変更で解除できる条項があるかを確認します。チェンジ・オブ・コントロール(COC)条項は、株主の異動や支配権の変動で契約の相手方に解除権が生じる条項です[5]。

キーパーソンが辞めたときの粗利の動きは、その人の現場の売上で決まる

結論: 離職の影響は、辞める人の人数だけでなく、その人が入っている現場の売上で決まります。先に、キーパーソンの現場の売上が全体の何割かを計算しておきます。

まず、離職を契約で止められないことを確認します。厚生労働省の解説は、期間の定めのない労働契約の場合、使用者が退職を認めないと言っても、退職の申入れから原則2週間で労働契約は終了すると説明しています(民法第627条第1項)。就業規則でこの期間を大幅に延ばしたり、この期間を超える場合にも会社の許可を条件にしたりする規定は無効とされます[6]。買い手が期待できるのは、離職を止める仕組みではなく、残る理由をつくる仕組みです。

次は仮の数字での試算です。実在の会社や、離職が起きる確率を示すものではありません。

仮の前提:技術者30人、1人あたりの月の売上平均80万円(月の売上は合計2,400万円)。そのうち、顧客側の窓口との関係が特定の人に結びついている技術者が5人いて、その5人の現場の月の売上は1人あたり90万円(合計450万円)。粗利率は25%とし、離職した人の給与などの原価は、同時に消えるものとします。

シナリオ 離職する人 月の売上の減少 全体に占める割合 月の粗利の減少 年換算
1人離職 5人のうち1人 90万円 約3.8% 22.5万円 約270万円
3人離職 5人のうち3人 270万円 約11.3% 67.5万円 約810万円
5人離職 5人全員 450万円 約18.8% 112.5万円 約1,350万円

この試算には、次は含んでいません。後任の採用・投入にかかる費用と期間、離職した人が窓口だった顧客で他の技術者の契約が見直される波及、待機の発生です。実際の影響は、この表より大きくも小さくもなりえます。

試算の使い方は2つです。

  • 買い手: 「売上の約19%が、5人の関係に結びついている」と分かれば、その5人を価格や契約条件の確認の中心に置ける。
  • 売り手: 売却前に、窓口が特定の人に偏っている現場を、複数人で関わる形に変えておく。買い手の見立てを、準備で変えられる部分でもある。

顧客側の更新時期との重なりは、さらに影響を大きくします。中小PMIガイドラインは、継続取引が解消されて事業継続に影響する可能性がある主要取引先には、基本合意の後からクロージング前に訪問、説明することも検討するとしています[5]。技術者別・顧客別の一覧の作り方はSES会社 買収 注意点にあります。

待遇・評価制度・配属方針は、「変えない約束」ではなく「変える前の説明」で確認する

結論: エンジニアが残るかを左右するのは、給与額だけではありません。評価・昇給・配属の決め方が、買収後も予測できるかを確認します。

中小PMIガイドラインは、従業員向け説明会で伝える事項として、給与体系(退職金を含む)、勤務体系(就業規則を含む)、福利厚生、特に従前から変更点がある場合の変更点を挙げています[5]。失敗例には、直後から譲受側のやり方を次々に導入して協力を得られなくなった例があります。労働契約の内容の変更は、労働者と使用者の合意によるのが原則です[7]。

確認項目 確認する理由 買い手が見ること
給与・等級の決め方 個人の給与でなく、制度が分かれば足りる 等級ごとの給与の範囲、昇給・賞与の決め方
退職金・賞与・固定残業代 債務として残りやすい 規程の有無と運用。詳しくはシステム開発会社 M&A 退職金
単価と給与の関係 本記事の整理では、単価が上がっても給与に反映されない構造は離職の理由になりうる 技術者別の単価・原価の一覧(個人名を出さず、帯で)
配属の決め方 希望が反映されない現場が続くと、不満が積もる 希望の聞き取りの有無、現場の変更の頻度、待機中の扱い
評価の基準 評価する人が経営者だけだと、退任後に評価が止まる 評価者、基準の文書化
就業規則の変更予定 統合で規程をそろえたくなるが、不利益になる変更は合意の問題 変更の有無と時期。買収後に変える点は先に洗い出す
勤怠・残業の実態 簿外債務と、離職の理由の両方に関わる 残業時間の分布。個人別の勤怠は後の段階で、専門家が確認

離職の履歴は、人数と理由の区分で見ます。直近の数年分の入社・退職の人数、退職の時期(顧客の更新や経営者の交代との関係)、理由の区分(待遇・役割・健康・家庭・その他)を、買い手と範囲を決めて集計します。理由を個人別に書き出す必要はありません。

従業員の情報は、売却前に集計して整理し、個人が特定できる情報は段階を分けて出す

結論: 買い手に見せたいのは、リスクが読める情報です。個人名ではありません。最初は集計、次に匿名の個別、最後に必要な人だけに実名、と粒度を上げます。

法令のうえで確認できること

個人情報保護法は、個人情報を、氏名などにより特定の個人を識別できるものとし、他の情報と容易に照合でき、特定の個人を識別することになるものを含むと定めています[8]。数十人規模の会社では、氏名を伏せても、年齢・職種・勤続年数・顧客名の組み合わせで個人が特定できる場合があります(本記事の整理)。

個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)は、次のように整理しています[1][2]。

  • 合併、分社化、事業譲渡などの事業の承継に伴って個人データが提供される場合、提供先は第三者に当たらない。
  • 契約を結ぶ前の交渉段階で、相手方の調査を受けて個人データを提供する場合も、この扱いになる。ただし、利用目的、取扱方法、漏えいが生じた場合の措置、交渉が不調となった場合の措置などを定めた契約を結び、相手方に安全管理措置を守らせることが前提となる。
  • 交渉が不調に終わった場合は、提供を受けた側が、その交渉に関連して受け取った個人データを返還、消去、廃棄する必要がある(Q&A Q2-12)。
  • 承継後は、承継前の利用目的の達成に必要な範囲で利用できる(Q&A Q2-10)。
  • 要配慮個人情報には、病歴、心身の機能の障害、健康診断等の結果などがある。労働安全衛生法に基づく健康診断やストレスチェックの結果も含まれる。受診したという事実は該当しない。

従業員の個人情報についても、雇用時に利用目的をできる限り特定する必要があります(Q&A Q2-2)[2]。売り手は、売却の検討で従業員の情報を第三者に示すことが、自社が従業員に示している利用目的と合うかを、先に確かめます。

この枠組みは「事業の承継」に伴う提供の話です。株式譲渡でのデューデリジェンスでの提供が同じ扱いになるかは、ガイドラインの記述から本記事では断定できません。売り手は、提供の根拠を先に整理したうえで、弁護士など専門家に確認してください。法令上提供できるとされる場合でも、本記事の整理では、必要のない情報は出しません。

開示の段階表

段階 誰に 出す情報の粒度 出さない情報
① NDA後の初期 買い手の検討担当者 総人数、雇用形態別(正社員・契約・BP・フリーランス)の人数、職種・経験年数の帯、現場数、離職の人数(年別)。小さな帯は合算して特定を避ける 氏名、個人別の給与、顧客名との組み合わせ
② 基本合意後・DD 買い手とその専門家(弁護士・社労士など) 等級・給与の範囲、就業規則・雇用契約書の雛形、技術者別の単価・稼働(A氏・B氏の記号) 健康診断等の結果、個人別の評価コメント、家族の情報
③ DDの後半 守秘義務を結んだ専門家のみ 勤怠の個人別データ(未払残業代の確認に必要な範囲)、係争・懲戒の有無と類型 範囲外の個人の詳細
④ 最終契約後・クロージング前 買い手の経営者、必要な担当者 実名の対応表(記号と氏名)、キーパーソンの役割 利用目的に関係しない情報
⑤ 交渉が不調のとき - 受け取った側が返還・消去・廃棄し、完了を書面で確認する -

人材承継リスクの確認表

売り手は、売却前に自社で次の表を埋めておくと、買い手の質問に、個人名を出さず答えられます。

確認項目 売り手が整理すること(集計・帯で) 買い手が読み取ること 出す段階
構成 雇用形態別・職種別・年齢帯別・勤続帯別の人数 一部の層に偏っていないか ①
稼働 現場別の人数、契約更新時期の分布 更新が一時期に集中していないか ①
関係の集中 顧客の窓口・現場リーダーを担う人の人数と、その現場の売上割合 売上の何割が特定の人に結びついているか(前節の試算) ①(人数)、④(実名)
離職 年別の入退社人数、理由の区分 離職が一時期、特定の層に偏っていないか ①
待遇 等級表、賞与・退職金の規程 買収後の統合で変更が必要な点 ②
評価・配属 評価者、基準の文書、配属の決め方 経営者の退任後も運用が続くか ②
労務 残業時間の分布、固定残業代の運用 簿外債務の見込み ②、③
契約 雇用契約書・就業規則の雛形、競業避止・秘密保持の条項の有無 条項の内容と運用 ②
健康・係争 原則として出さない。必要なら件数と類型のみ 重大な個別事情の有無 ③
BP・フリーランス 契約形態、契約書の承継・COC条項の有無 支配権の変更で動く契約か ②

従業員に売却を伝える時期は、別の問題です。中小M&Aガイドライン(第3版)は、最終契約の締結前に知らせるのは親族や幹部役員などごく一部の関係者にとどめ、それ以外は原則として可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるべきとしています。取引先や従業員に情報が伝わった後にM&Aが頓挫すると、取引先の喪失や従業員の退職など、事業の継続に支障を来すおそれがあるためです[4]。秘密保持契約の考え方はNDA(秘密保持契約)とは、売り手側のDD準備はセラーズデューデリジェンスとはにあります。

買収後100日は、説明・個別面談・窓口の確認の順で進める

結論: 最初の100日で優先するのは、新しい制度の導入ではなく、不安を減らす説明と、顧客の窓口の維持です。

中小PMIガイドラインは、従業員への対応として次の取組を示しています[5]。

  • 基本合意の後、キーパーソンに先行して一人ずつ個別に説明し、協力を要請する。情報の流出リスクに注意し、必要に応じて秘密を保持する旨の書面を取る。
  • 成立後、遅滞なく(例:Day1)、全従業員に同時に・等しく・正確に伝える説明会を、譲渡側経営者とともに開く。
  • 説明会のあと、一人ひとりと個別面談を行い、雇用の継続、役割、労働条件、今後の業務を伝え、思いを聞く。
  • Day100以内を目途に、即効性のある就労環境の改善(賃金引上げ、機器の入替など)を可能な範囲で実行する。
  • 従来の業務のやり方を否定しない。

SESの本記事の整理に合わせると、次の順に進めます。

時期 優先すること SESで確認すること
基本合意後〜クロージング前 キーパーソンへの個別説明 窓口・現場リーダーを担う人の洗い出し。顧客の更新時期との重なり
Day1 全員への同時の説明会(経営者が同席) 労働条件の変更点があれば、その点を先に伝える
Day1〜30 一人ずつの個別面談 雇用の継続、役割、配属の希望、不安の把握
Day30〜60 主要顧客への訪問・挨拶 顧客の窓口と、売り手経営者の関わりの引継ぎ
〜Day100 即効性のある環境改善 本人の希望を聞いて、実行できるものから

Day30〜60の主要顧客訪問の時期は、本記事の整理です。ガイドラインは、成立直後に譲渡側経営者とともに主要取引先を訪問するとしています[5]。顧客によっては、成立直後に訪問します。

売り手経営者が顧問などで残る期間は、窓口の引継ぎにも、従業員の安心にも効きます。最終契約で決める事項には、経営者・役職員の処遇(経営者による引継ぎ期間、従業員の雇用継続の努力義務など)が含まれます[4]。キーパーソンの扱いを契約に入れるかはキーマン条項とは、統合全体はPMI 100日プランにあります。個別の条項は、弁護士・社会保険労務士・税理士など専門家に確認してください。

まとめ

  • 株式譲渡では雇用契約が続き、事業譲渡では一人ずつの承諾が要ります。退職のリスクはそれとは別にあります。離職は契約で止められないため、残る条件を待遇・役割・説明で整えます。
  • 離職の影響は、キーパーソンの現場の売上で決まります。先に、関係が特定の人に結びついた売上の割合を計算します。
  • 従業員の情報は、集計から始めて段階的に出します。事業承継の枠組みの外にある提供や、要配慮個人情報にあたる情報は、専門家に確認し、原則として出しません。

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よくある質問(FAQ)

Q1. SES会社を売却すると、エンジニアはそのまま引き継がれますか? A. 手法で変わります。株式譲渡では雇用契約が続きます。中小M&Aガイドライン(第3版)は株式譲渡について「譲り渡し側の法人格に変動はない」と説明しており、雇用契約の相手方は同じ会社のままです。事業譲渡では一人ずつの承諾が要ります。厚生労働省の指針は、労働契約を譲受会社へ移すには承継予定労働者から個別の承諾を得る必要があるとしています。退職のリスクはそれとは別にあり、どちらの手法でも、売却後にエンジニアが働き続けるかは本人の意思で決まります。

Q2. 事業譲渡でエンジニアが転籍に同意しなかったら、解雇できますか? A. 厚生労働省の指針は、承継に承諾しなかったことのみを理由とする解雇など、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない解雇は、労働契約法第16条により権利の濫用として認められないとしています。譲渡会社は、譲渡する事業部門以外への配置転換など、雇用関係を維持する措置を講じる必要があることに留意するよう示されています。個別の判断は社会保険労務士や弁護士に確認してください。

Q3. エンジニアの退職を、契約や就業規則で止められますか? A. 期間の定めのない労働契約の場合、厚生労働省の解説は、使用者が退職を認めないと言っても、労働者が退職の申入れをすれば原則2週間後に労働契約は終了するとしています(民法第627条第1項)。就業規則でこの期間を大幅に延ばしたり、この期間を超える場合にも会社の許可を条件にしたりする規定は無効とされると説明されています。離職を止める手段ではなく、残りたい理由をつくる側から考えます。

Q4. 売却の検討段階で、エンジニアの個人情報を買い手に見せてよいですか? A. 個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)は、事業の承継に伴う個人データの提供は第三者提供に当たらず、契約前の交渉段階で相手方の調査を受けて提供する場合も同様としています。ただし、利用目的、取扱方法、漏えい時の措置、交渉が不調になった場合の措置などを定めた契約を結び、安全管理措置を守らせることが前提です。本記事の整理では、初期は氏名を伏せた集計から始め、個人が特定できる情報は段階を分けて出します。株式譲渡での提供が同じ扱いになるかは個別に専門家へ確認してください。

Q5. エンジニアには、売却をいつ伝えますか? A. 中小M&Aガイドライン(第3版)は、最終契約の締結前に知らせるのは親族や幹部役員などごく一部にとどめ、それ以外の関係者には原則として可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるべきとしています。中小PMIガイドラインは、基本合意の後にキーパーソンへ一人ずつ個別に説明し、成立後は遅滞なく全従業員に同時に伝えることを示しています。

Q6. 買収後に、エンジニアの給与や評価制度を変えてよいですか? A. 労働契約の内容の変更は、労働者と使用者の合意によるのが原則です(労働契約法の合意の原則)。中小PMIガイドラインの失敗例には、譲受側の「当たり前」を直後から次々に導入して、協力を得られなくなった例があります。変更点は事前に説明し、一人ずつ話を聞いたうえで、必要な変更から順に進めます。

Q7. フリーランスや協力会社(BP)の技術者は、売却でどうなりますか? A. 雇用契約ではない場合、厚生労働省の指針(労働契約の承継)の対象とは別の話になります。本記事の整理では、個別の業務委託契約や基本契約に、契約の承継・変更時の通知や承諾、支配権の変更で解除できる条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)があるかを、契約書で確認します。

出典

  1. 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(2-3、3-1-4、3-6-3) https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/
  2. 個人情報保護委員会「「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」に関するQ&A」(Q2-2、Q2-10、Q2-11、Q2-12) https://www.ppc.go.jp/personalinfo/faq/APPI_QA/
  3. 厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」(平成28年厚生労働省告示第318号、改正 令和8年厚生労働省告示第11号)第2(労働政策審議会労働条件分科会組織再編に伴う労働関係の調整に関する部会(第8回)参考資料1) https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001749001.pdf
  4. 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
  5. 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)第2章 中小PMI各論 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
  6. 厚生労働省「退職、解雇、雇止めなど|しっかり学ぼう!働くときの基礎知識|確かめよう労働条件」 https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/study/roudousya_taisyoku.html
  7. 厚生労働省「労働契約法のあらまし」(令和6年4月) https://www.mhlw.go.jp/content/001234797.pdf
  8. e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(平成十五年法律第五十七号)第2条 https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057

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