この記事の目次
「受注残が積み上がっていて、来期までの売上は見えている」。システム開発会社の売却でよく出る説明です。ただ、受注残はこれから原価をかけて作る義務でもあります。完成までにかかる原価が受注額を上回る案件が混じっていれば、買い手は赤字を一緒に引き受けることになります。この記事は、進行中の案件に追加原価・赤字・賠償のリスクが隠れていないかを、どの数字と記録で確かめ、見つかったらどう扱うかを整理します。
この記事の結論
- 受注残は、案件ごとの採算を確かめるまで価値とは言えません。 受注額・見積原価・実績原価・進捗・残作業の5つを案件別に並べ、完成時の利益を見積り直します。
- 赤字を誰が負うかは、契約の種類と合意の記録で変わります。 請負か準委任か、仕様変更を書面で合意したか、検収が済んでいるかを確かめます。
- 見つかった赤字は、価格調整・補償・案件の除外・見送りのどれかに移します。 決める材料は、金額の大きさと確かさです。
この記事の対象:システム開発会社の買収を検討している方。売り手として、買い手が進行中の案件で何を問うかを知りたい方にも使えます。
システム開発会社のDD(デューデリジェンス)全体と、価格に効く7項目は、システム開発会社のM&A DATAにまとめています。この記事は、そのうち「案件ごとの採算」の確認だけを深く扱います。売却相場の考え方はシステム開発会社の売却相場、契約や権利の引継ぎはシステム開発会社のM&Aでの契約の引継ぎを先にお読みください。
受注残は、案件ごとの原価を見積り直すまで「確定した売上」ではない
結論: 受注残の金額は、買い手が受け取れる利益ではありません。受注額から、完成までに必要な原価を引いた差が、案件の価値です。
売り手の資料に受注残の合計額が載っていても、この数字だけでは、次の3つが分かりません。
| 受注残の合計だけでは分からないこと | 確かめる資料 |
|---|---|
| 各案件が黒字か赤字か | 案件別の受注額・原価の見積と実績 |
| 完成までに、あと何人月かかるか | 残作業の一覧と、担当者の見積 |
| 追加で作業した分を、顧客が払う合意になっているか | 変更の合意書、見積書、メールの記録 |
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 受注残の合計額を、そのまま来期の売上として評価する | 案件別に、完成までの見積原価を見積り直し、黒字の案件だけを積み上げる |
| 売り手の「どの案件も順調」という説明を前提にする | プロジェクト管理の工数実績と、見積時点の工数を突き合わせて自分で確かめる |
| 売上の大きい案件だけを確認する | 金額の小さい案件も、赤字の件数と合計で確かめる。小さい案件の赤字が積み重なることもある |
請負か準委任かで、原価の超過と契約上の責任の置き場所が変わる
結論: 追加原価を誰が負うかは、まず契約の種類で分かれます。案件ごとに、契約書の種類と条項を確認します。
民法の条文を、確認日(2026-10-18)時点の e-Gov 法令検索で読むと、次のように整理できます。
| 契約の種類 | 民法の定め | 買い手が見る点(本記事の整理) |
|---|---|---|
| 請負 | 仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に報酬を支払う(632条)。完成前に注文者が解除する場合は、損害を賠償して解除できる(641条)。完成前に解除された場合などは、既にした仕事の可分な部分で注文者が利益を受けるとき、その割合に応じて報酬を請求できる(634条) | 完成まで原価が膨らんでも、報酬の増額は契約で決めていなければ当然には増えない。途中で止まった場合に受け取れる金額が、原価に見合うか |
| 準委任 | 法律行為でない事務の委託には、委任の規定が準用される(656条)。成果に対して報酬を支払う約束をした場合で、その成果が引渡しを要するときは、成果の引渡しと同時に支払う(648条の2) | 稼働に対して支払われる契約か、成果に対して支払われる契約かで、赤字になる条件が違う。契約書の報酬の定めを確認する |
引き渡した成果物が契約の内容に適合しない場合も、請負では追完の請求・報酬の減額・損害賠償・解除などの論点になります。ただし、注文者が与えた指図で生じた不適合には、請負人が不適当と知りながら告げなかった場合を除いて、これらの請求ができない定めがあります(636条)。不適合を知った時から1年以内に通知しない場合も、原則として請求できなくなります(637条。請負人が不適合を知っていた場合などは適用されません)。債務の履行がされなかったときの損害賠償は415条が定めます。
IPA の「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」のページは、「民法改正整理反映版」での見直しのポイントとして、請負の契約不適合責任における報酬減額請求権の追加と、請負・準委任の報酬請求権(成果報酬型準委任の位置づけ、中途解除の場合の報酬請求権)を挙げています。また「第二版」での見直しとして、ベンダのプロジェクトマネジメント義務とユーザの協力義務は個別事案の判断になるため、条項として追記することは見送り、解説での裁判例の紹介などで対応したと説明しています。つまり、遅れや仕様の混乱が起きたときの責任は、契約書の条項だけでは決まりません。実際の経緯を見る必要があります。
売り手が使っている契約書がモデル契約に沿っているとは限りません。個々の案件で、報酬の決め方・変更の手続・検収の条件・解除の条件がどう書かれているかを、契約書そのもので確認します。有効性や責任の有無といった個別の判断は、弁護士に確認してください。
案件別の受注額・見積原価・実績原価・進捗・残作業の5つで、完成時の利益を見積り直す
結論: 進行中の案件ごとに、5つの数字を一覧にします。進捗率は、使った原価の割合ではなく、残りの作業から見積り直した割合で見ます。
次の5つを、案件ごとに並べます。
| 数字 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 受注額 | 契約上の報酬(追加で合意した分を含む) | 契約書・変更の合意書 |
| 見積原価 | 受注時に見込んだ完成までの原価 | 見積書・社内の原価計画 |
| 実績原価 | 現時点までにかかった人件費・外注費等 | 工数管理・会計 |
| 進捗 | 工程の完了状況 | 工程表・成果物の完了状況 |
| 残作業 | 完成までに残る作業と、その見積原価 | 担当者の見積 |
仮の数字での例(実在の案件ではなく、計算の流れを示すためのものです)。請負で受注した案件Aについて、次のとおりとします。
- 受注額:3,000万円
- 受注時の見積原価(完成までの総額):2,400万円
- 現時点の実績原価:2,100万円
- 現時点の担当者による、完成までの残作業の見積原価:1,200万円
| 見方 | 計算 | 結果 |
|---|---|---|
| 受注時の見積に対する実績原価の割合 | 2,100 ÷ 2,400 | 87.5%(ほぼ終わっているように見える) |
| 見積り直した完成までの総原価 | 2,100 + 1,200 | 3,300万円 |
| 見積り直した実績原価の割合 | 2,100 ÷ 3,300 | 約63.6% |
| 完成時の損益の見込み | 3,000 - 3,300 | 300万円の赤字 |
受注時の見積で進捗を見ると、案件はほぼ終わっていて、600万円の粗利が残るように見えます(3,000 - 2,400)。ところが残作業を見積り直すと、完成までに300万円の赤字になります。この例では、黒字600万円の見込みと赤字300万円の見込みで、900万円の違いが出ます。
この表を作る際の注意が3つあります。
- 残作業の見積は、売り手の担当者だけに頼らない。 買い手側の技術者が、成果物と設計書を見て確かめる。
- 工数の記録が正確かを確かめる。 他の案件に付けられた工数が混じっていないか、記録が遅れていないかを見る。
- 外注費の請求が未着のものがないか。 実績原価に入っていない外注費があると、赤字が見えなくなる。
追加開発・仕様変更・検収遅延は、合意の記録があるかで「請求できる赤字」か「飲み込む赤字」かが分かれる
結論: 作業が増えた理由が顧客の依頼でも、合意の記録がなければ、追加の費用を請求できるかどうか分かりません。案件の赤字は、記録の有無で見立てが変わります。
赤字の原因を、次の3つに分けて確認します。
| 原因 | 確かめること | 記録がない場合の見立て(本記事の整理) |
|---|---|---|
| 追加開発・仕様変更 | 顧客の依頼か、受注側の判断か。見積と合意の有無 | 受注側が負担した作業として扱われるおそれがある |
| 検収の遅れ | 納品物の検収期限と、検収の状況。顧客側の遅れによるものか | 請求や入金の時期が後ろにずれる。報酬の請求が先送りになる |
| 品質上の問題 | 不具合の件数と、顧客からの指摘の履歴。契約不適合の通知の有無 | 追完・報酬の減額・損害賠償の請求に発展するおそれがある |
| 避けたい判断 | こうすればOK |
|---|---|
| 「顧客が納得している」という説明を信じて、追加作業の費用を回収できる前提にする | 変更の合意書、見積書、メールなど書面の記録で確かめ、記録のない分は回収できない前提で試算する |
| 検収が遅れている案件を、売上が確定した案件として扱う | 検収の期限・状況と、顧客側の事情を確認し、入金の時期を保守的に置く |
| 顧客からのクレームを、口頭の報告で済ませる | クレームの履歴、対応の工数、賠償や減額の請求の有無を一覧で出してもらう |
IPA の資料が示すとおり、遅延や仕様の混乱が起きたときの責任は、契約書の条項だけで決まりません。ベンダとユーザそれぞれが何をしたかの経緯が見られます。このため買い手は、メール・議事録・変更の記録を、案件ごとに売り手から出してもらいます。賠償の請求を受けている、または受けそうな案件があれば、金額と見通しを書面で確認し、弁護士の判断を得てください。
仕掛品と損失引当は、会計の扱いを確かめてから価格に使う
結論: 決算書の仕掛品の金額は、案件が黒字であることを示しません。損失が見込まれる案件が、決算で引当に反映されているかを確かめます。
企業会計基準委員会の「企業会計基準適用指針第30号 収益認識に関する会計基準の適用指針」(2024年9月版)は、工事契約について次のように定めています(90項)。
- 工事原価総額等(工事原価総額のほか、販売直接経費がある場合はその見積額を含む)が工事収益総額を超過する可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積れる場合に、
- その超過すると見込まれる額(工事損失)から、その契約に関して既に計上された損益の額を引いた残額を、工事損失が見込まれた期の損失として処理し、工事損失引当金を計上する。
受注制作のソフトウェアにも、工事契約に準じてこの定めが適用されます(91項)。また、同じ契約について棚卸資産と工事損失引当金の両方が計上される場合は、貸借対照表で相殺して表示できます(106項。受注制作のソフトウェアにも106-2項で準じて適用されます)。
買い手が確かめる点は、次の3つです。
| 確認する点 | 見方(本記事の整理) |
|---|---|
| 損失が見込まれる案件が、決算で引当に反映されているか | 前の表で見積り直した赤字の額と、決算書の引当の額を比べる。差があれば、その差が買い手の見落としになる |
| 棚卸資産(受注制作の仕掛かり分)と引当が相殺されていないか | 相殺表示では引当の存在が見えにくい。注記や内訳で、案件ごとの金額を出してもらう |
| どの会計基準・方法で決算しているか | 上の定めは、企業会計基準の適用指針です。会社がどの基準で決算書を作っているかで、引当の有無や考え方が違うため、会計の専門家と確認する |
仕掛品や収益の計上時期は、会社が選んでいる会計処理で変わります。決算書の数字をそのまま価格の前提にせず、案件別の見積り直しの結果で上書きするのが、本記事の整理での考え方です。個別の会計・税務の判断は、公認会計士・税理士にご確認ください。
見つかった赤字は、価格調整・補償・案件の除外・見送りのどれかに移す
結論: 赤字の大きさと確かさに応じて、契約条件に移します。金額が確かなら価格に、不確かなら補償に、大きくて読めないなら見送りを考えます。
中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、DD で発見された点を踏まえて最終契約の内容・条件(譲渡額、表明保証、補償等)を調整することで、M&A 成立後のトラブルを防止できるとしています。また、DD が十分でない場合、譲り渡し側が負う表明保証の範囲や補償額・補償期間等の負担が増えうるとしています。
| 赤字の状況 | 移し方の例(本記事の整理) | 注意点 |
|---|---|---|
| 金額が見積り直しで固まっていて、確かさが高い | 譲渡額に織り込む(その分を減らす) | 前の例の見込み赤字300万円は案件全体の損失。価格から引く額は、既に受け取った報酬や計上済みの売上、決算書の仕掛品(例では実績原価2,100万円)が価格の前提に入っているかで変わる。未入金の受注額と残作業の原価(例では3,000万円と1,200万円)も並べて確かめる |
| 金額は見えているが、顧客との交渉で変わりうる | 補償の対象にする。範囲・期間・上限を決める | ガイドラインは、期間や責任上限が設定されていない表明保証は、譲り渡し側が過大な責任を負い、争いが生じるリスクがあるとしている。売り手は範囲を確認する |
| 事業譲渡で、赤字の案件だけを承継対象から外せる | その案件は譲渡対象に含めない | 顧客との契約を移すには承諾の手続が要る。外した案件の扱い(売り手が完成させるか)を決める |
| 赤字の大きさが読めない、賠償請求の可能性が高い | 取引条件の再検討、または見送り | 見送る判断も、DD の結果の一つとして扱う |
株式譲渡と事業譲渡の違いも、赤字案件の扱いに効きます。同ガイドラインは、株式譲渡は譲り渡し側の法人格に変動がないため、簿外債務・偶発債務リスクが比較的高くなりやすく、より詳細な DD が実施される傾向がある、と説明しています。事業譲渡は、承継対象を選べて簿外債務・偶発債務リスクを比較的遮断しやすい一方で、承継対象の特定や対抗要件の具備、許認可の取得などの作業が必要とされています。
表明保証や補償の具体的な書き方、価格をいくら下げるかは、案件の事情によって変わります。弁護士・公認会計士・税理士などの専門家に確認してください。
自社の場合を確認する 進行中の案件を含めた事業価値を、自社の数字で確かめたいとき → 事業価値を確認する
まとめ
- 受注残の合計額は、価値ではありません。案件ごとに、受注額・見積原価・実績原価・進捗・残作業の5つを並べ、完成時の利益を見積り直します。
- 赤字の負担は、請負か準委任か、追加作業の合意の記録があるか、検収が済んでいるかで変わります。契約書とメール・議事録で確かめます。
- 見つかった赤字は、金額の確かさに応じて、価格調整・補償・案件の除外・見送りに移します。決算書の引当の額も、見積り直した額と比べます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 受注残が多いシステム開発会社は、買収後の売上が確保されていると見てよいですか? A. そのようには見られません。受注残は、これから作業をして原価をかけたうえで受け取る金額です。案件ごとに、受注額と、完成までにかかる見込みの原価を並べて、利益が残るのか赤字なのかを確かめるまでは、価値とは言い切れません。
Q2. 請負と準委任では、赤字になったときの負担先はどう違いますか? A. 民法では、請負は仕事を完成することを約する契約で、報酬は仕事の結果に対して支払われます(632条)。準委任は、事務の遂行を委託する契約です(656条による643条の準用)。本記事の整理では、請負は完成までの原価超過を受注側が負いやすく、準委任は稼働に対して支払われる設計かどうかが論点になります。実際の負担は契約書の条項で決まるため、案件ごとに契約書を確認してください。
Q3. 仕様変更で増えた作業の費用は、顧客に請求できますか? A. 契約書の変更管理の条項と、変更について両者が合意した記録があるかで変わります。口頭で作業を始め、見積や合意が残っていない場合は、請求できるかどうかを断定できません。個別の請求可否は弁護士に確認してください。
Q4. 損失が見込まれる案件は、会計上どう扱われますか? A. 企業会計基準適用指針第30号は、工事契約について、工事原価総額等が工事収益総額を超過する可能性が高く、その金額を合理的に見積れる場合に、超過見込額から既に計上された損益を差し引いた残額を、損失が見込まれた期の損失として処理し、工事損失引当金を計上するとしています。受注制作のソフトウェアにも準じて適用されます。どの会計基準で決算しているかで扱いが変わるため、会計の専門家に確認してください。
Q5. 株式譲渡と事業譲渡で、不採算案件のリスクはどう変わりますか? A. 中小M&Aガイドライン(第3版)は、株式譲渡は譲り渡し側の法人格に変動がないため、簿外債務・偶発債務リスクが比較的高くなりやすく、より詳細なDDが実施される傾向があるとしています。事業譲渡は承継対象を選べるため遮断しやすい一方、手続に作業が必要とされています。事業譲渡でも、顧客が契約の移転を承諾しない案件は移せません。
Q6. DDで赤字案件が見つかったら、買収をやめるしかありませんか? A. やめるしかないわけではありません。ガイドラインは、DDで発見された点を踏まえて、最終契約の譲渡額・表明保証・補償などの条件を調整できるとしています。赤字の大きさと確かさに応じて、価格に織り込む、補償の対象にする、その案件を除く、見送るの順に考えます。
出典
- e-Gov法令検索「民法」(明治二十九年法律第八十九号。632条・634条・636条・637条・641条・643条・648条の2・651条・656条・415条を確認) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- IPA「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」 https://www.ipa.go.jp/digital/model/model20201222.html
- IPA「「情報システム・モデル取引・契約書」からの見直しのポイント」 https://www.ipa.go.jp/digital/model/review-point.html
- 企業会計基準委員会「企業会計基準適用指針第30号 収益認識に関する会計基準の適用指針」(2024年9月) https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/kichu_20251016_26.pdf
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf